中野の歴史

左上/「十二支板画時計」 右上/棟方志功 区民撮影 下/棟方志功が住んでいた頃の大和町  青森の生んだ、天才板画家棟方志功(1903~75)は、25歳から39歳まで中野区大和町に住み、初期の代表作はこの地で制作されました。中でも、棟方が飛躍する契機となった作品「大和し美し」(1936)、戦後に国際的な賞を数々受け、棟方の世界的評価を確立した作品「二(に)菩薩(ぼさつ)釈迦(しゃか)十大(じゅうだい)弟子(でし)」(1939)が知られています。 棟方は、疎開のため、昭和18年(1943)に中野区を離れて以後、区内に住むことはありませんでしたが、終生、大和町の頃の人々との交流を大切にしていました。昭和26年(1951)末に富山県から杉並区上荻に転居しましたが、新居の修理を、大和町に住んでいた頃に懇意にした大工職人に依頼したり、時計の修理を大和町の職人に一任したりしていました。作品のひとつ「...

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「たきび」のうたの垣根(上高田3丁目)  誰もが知っている童謡「たきび」のうたは、中野区上高田で誕生しました。作者の童謡詩人巽聖歌(1905~73)は、岩手県に生まれ、昭和3年(1928)に上京、以後、北原白秋に師事しました。最初の詩集を刊行したのち、昭和7年(1932)から23年(1948)まで中野区上高田(現在の上高田4丁目15番)に住んでいました。「かきねの、かきねの、まがりかど、たきびだ、たきびだ・・」の詩は、朝な夕な上高田を散歩しながら創作されたといいます。そのイメージを育んだ垣根は、上高田3丁目の鈴木邸の建仁寺垣です。「たきび」のうたが、ラジオ放送「うたのおけいこ」に流されたのは昭和16年12月でした、しかし、タイミングが非常に悪く日本が太平洋戦争に突入した時期だったため、軍部によりただちに放送が中止されました。理由は、たき火は戦略上これから控えるべき行為で、落葉は燃やさず...

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左/小杉放庵「九月ききょう」歴史民俗資料館蔵 右/名古屋全日本壮年ダブルスでの(左)山﨑喜作・(右)小杉放庵 (1936年頃)   昭和61年(1986)まで、中野区立歴史民俗資料館の敷地はテニスコートでした。戦前、北区田端にポプラ倶楽部という、作家・画家などのテニスクラブがありましたが、戦災により活動中止となり、会員であった中野区議会議長であった山﨑喜作氏により、戦後この地で再開したのです。アマチュアとはいってもレベルは高く、公式試合では優勝者続出といった名門クラブでした。画家小杉放庵も会員の一人で昭和3年(1928)の東日トーナメントで優勝しています。 小杉放庵(1881~1964)は、春陽会や女子美術大学の創設者で有名な画家ですが、大正2年(1913)に渡欧した折、あちらの画家はテニスなどをして優雅に暮らしているのを見て感動しました。そして帰国後、このポプラ倶楽部の中心的な創立メ...

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左/竣工時の三岸アトリエ 右/内部の様子(らせん状階段が斬新)   昭和9年(1934)、中野区上鷺宮の広漠とした畑の中に、白いモダンな建物が建ちました。画家三岸好太郎・節子夫妻のアトリエです。 三岸好太郎(1903~34)は若くして夭折した、大正時代を代表する画家の一人です。アトリエは、ドイツのバウハウス(1919~33年の14年間だけ存続した建築・美術の世界的な専門学校)に留学した新進気鋭の建築家山脇巌(1898~1987)に設計を依頼しました。山脇は三岸の様々な注文を受けて、3回も図面を引き直したそうです。 しかし、三岸は、心血を注いで建てたこのアトリエを見ることなく亡くなりました。アトリエの完成は妻で画家の三岸節子(1905~99)に引き継がれたのです。節子も昭和を代表する女流画家です。 この建物は、壁面は1階2階通して全面ガラス窓、1階にアトリエ・応接室・2階に書斎兼書庫が配...

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左上/中島菊夫 右上/疎開先に送った「唐児遊図」全面直筆で複数作成した 左下/疎開先の中島菊夫と子供たち 右下/代表作「日の丸旗之助」   戦前。少年たちを釘づけにした、三大マンガ作品「のらくろ」「冒険ダン吉」「日の丸旗之助」をご存知ですか? この中で戦後、筆を折った漫画家がいます。それは「日の丸旗之助」の作者、中島菊夫です。中島菊夫(1897~1962)は、高知県に生まれ、小学校の教師となりましたが上京、中野区上鷺宮に住み漫画家となりました。戦時中、学童疎開がはじまると志願して鷺宮国民学校(現在の鷺宮小学校)の美術の教師となり、親元・家族から離れて福島県で暮らす子供たちにイラスト入り「慰問新聞」で故郷鷺宮の様子を伝える新聞を送り続けました。コピーのない時代ですので、すべてが中島自筆のものでした。やがて、戦局が悪化すると、疎開先でつらい生活をしている子供達に直接触れ合い、世話をするため...

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左/オリーブ橋 右/若宮オリーブ公園   「二十四の瞳」で有名な作家壺井 栄(1899~1967)は、昭和17年(1942)から亡くなるまでの25年間、現在の白鷺1丁目に住んでいました。小豆島に生まれ、貧しい家庭で育ち、郵便局・役場に勤めるも大病に罹り生死をさまよった。そんな折、同郷の詩人壺井繁治と知り合い、大正14年(1925)上京し結婚しました。世田谷三宿、太子堂、東中野昭和通り(中野三丁目)と転居をしますが、この間に林芙美子・平林たい子・佐多稲子・宮本百合子といった錚々たる女流作家たちとの親交を深めました。彼女たちの影響から見よう見まねではじめた文筆活動でしたが、昭和13年(1938)「大根の葉」で作家デビューしました。39歳の遅いスタートでした。   昭和16年(1941)に鷺宮に家を建てましたが当時の鷺宮地域について「私のいまいる土地は、大根畑であった。(中略)一足でると西も...

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左上/板ふすま絵「唐児遊図」 右上/板屏風「竹林の七賢人」 下/江古田氷川神社神楽殿天井絵(非公開)  中野区立歴史民俗資料館が所蔵する旧江古田村名主山﨑家資料の中に「雪洞」という絵師が描いた一群の作品が残されています。一つは「かまきりと葉鶏頭図」で絹布に彩色された掛軸で、もう一つは桐板の屏風に描かれた「竹林の七賢人」、三つめは庭に残されている天保12年(1841)建立の茶室・書院の杉板のふすま絵「唐児遊図」です。 言い伝えによれば、弘化4年(1847)に建てられた江古田氷川神社神楽殿の天井絵(現在も残されています。)を描いた絵師が、山﨑家茶室・書院に宿泊していたことから、描いてもらったものということです。絵の内容は、絵画史の専門家に見ていただいたところ、きちんとした画業を積んだ狩野派の絵師であると教えていただきました。そうなると、どんな絵師がこの江古田に来たのか、俄然興味が湧きます。...

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左/正面側(法務省敷地)から 右/裏側(区道)から  新井3丁目には昭和58年(1983)まで「中野刑務所」がありました。刑務所というと聞こえは悪いですが、戦後日本の平和の礎となった、あるいは支えた人々が収監されていたところでもあるのです。   この刑務所は江戸幕府の「小伝馬町牢屋敷」からはじまり「市谷監獄」経て大正4年(1915)に中野に移転、以後「豊多摩監獄」「豊多摩刑務所」「中野刑務所」と名前を変えました。 日本があの暗い戦争に突入しようとしていた戦前、「治安維持法」によって言論は統制され、政府に対する批判を徹底的に弾圧しました。少しでも怪しく思われた者は、つぎつぎに捕縛され、その多くが豊多摩刑務所に送られてきました。収監されていた人々は大杉榮・荒畑寒村・亀井勝一郎・小林多喜二・中野重治・河上肇・三木清・壺井譲治といった、文学者・評論家・学者が主に標的にされていました。ここで、命...

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上/整地碑(新青梅街道沿い) 左下/明治42年(1909)の江古田村中心地(右下は井上哲学堂) 右下/昭和20年(1945)の江古田。江古田川の流路と道路が整理されている 大正年間以来、中野区は急激に人口が増えてきましたが、元々農村地帯だった土地柄のため、農道は直線ではなく、田畑のあぜ道がそのまま街路になったりと、整備が必要になってきました。 そこで、大正15年(1926)には桃園川沿い(35.4ha)、昭和2年(1927)には神田川・本郷通り沿い(52.8ha)の区画整理事業が着手されましたが、すでに宅地化されているところはできなかったため部分的にならざるを得ませんでした。その点で、著しく効果が上がったのは、江古田・江原地区の区画整理でした。 昭和8年(1933)、地元の堀野氏・山﨑氏をはじめとした地主の人々が、江古田土地区画整理組合を設立しました。続いて、昭和11年(1936)に江...

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野方配水塔(南東側から望む) 大正時代頃の中野区は農村地帯でしたので、飲料水は井戸水に頼っていました。当時の東京では玉川上水の水を淀橋浄水場(現在の新宿中央公園)で浄化して水道水としていましたが、23区東部に配水され、農村地帯であった西部一帯には水道はありませんでした。 東京は近代都市としてインフラ整備をめざしている時期でしたので、大正8年(1919)に東京府は淀橋浄水場の設計者である中島鋭治博士に依頼して水道整備計画に着手しました。ところが関東大震災による人口の郊外流出により、計画を早めることになったのです。この計画は多摩川の水を世田谷区砧で取水・浄化して、世田谷区・中野区・杉並区・練馬区・板橋区・豊島区・北区に配水するという大規模なものでした。ところが、世田谷区から取水した水は標高の高いこれらの地域では水圧が落ちて、うまく配水できないのです。そこで、高い場所に配水塔を建てて、水を汲...

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