堀江家の墓所

十二代重賢の徳川幕府への届出書によれば、越前(福井県)から堀江家の先祖・兵部が農民十数名とともにこの地に来て、弘治元年(1555)に中野の開発に着手した、とされています。当時関東を支配していた小田原北条氏から小代官に、閉幕後も歴代の当主は中野村の名主に任命され、有力な指導者となりました。
堀江家の業績により、中野村は次第に発展。その聞の村政及び幕府との関係文書は「堀江家文書」として東京都立大学に保管され、研究に供されています。
堀江家は将軍鷹場の村々への御用触次、青梅街道中野宿の問屋場役人、組合村寄場役人のほか、江戸城内への種物・なす苗の上納など各方面に事跡を残しました。明治以後の業績も大きく、中野区の発展の礎といえます。
 
所在地 中野区中央2-33-3(宝仙寺墓地)
アクセス 東京メトロ丸ノ内線・都営大江戸線「中野坂上」駅から徒歩7分
電話 03-3371-7101

 
 

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中野区認定観光資源
中野区の都市観光の振興を目的として、区内の地域資源(旧跡・建築物・文化財・商店街・食文化・イベントなどの有形無形の資源)の中から、中野区の魅力をPRする観光資源として、平成26年2月に区が公式に認定したものです。
本資源は、有識者等で構成する選考会において選定し、所有者の同意を得た資源を中野区認定観光資源として認定しています。

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