中野町役場跡

中野の古刹でもある宝仙寺。その境内には3重の塔をバックにして立派な石碑がたっています。そこにはよく見ると「中野町役場」の文字が刻まれているのですが、明治時代から昭和初頭まで、中野町役場が、その後中野区役所がこの宝仙寺境内に置かれていたそうです。中野町(なかのまち)とは、かつて東京府豊多摩群に存在した街の一つで、1897年(明治30年)に生まれました。現在の中野区の南部にあたる地域で、現在の地名では、中央、中野、本町、南台、弥生町、上高田の一部にあたります。明治時代中期まで青梅街道沿いを中心として産業が発展し、甲武鉄道の開通、中野駅ができると、徐々に住宅化が進み、さらには関東大震災以降、市街化が進みました。産業化と言えば、中野には現在でも様々な伝統工芸の工房があるのですが、当時、江戸の中心部から人々とともに職人も移ってきたと言われています。その後1932年には、中野町、野方町が合併し、東京市中野区となりました。

住所 中野区中央2-33-3
アクセス 東京メトロ丸ノ内線「中野坂上」駅から徒歩8分

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中野区認定観光資源
中野区の都市観光の振興を目的として、区内の地域資源(旧跡・建築物・文化財・商店街・食文化・イベントなどの有形無形の資源)の中から、中野区の魅力をPRする観光資源として、平成26年2月に区が公式に認定したものです。
本資源は、有識者等で構成する選考会において選定し、所有者の同意を得た資源を中野区認定観光資源として認定しています。

中野町役場跡

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