山政(やままさ)醤油醸造所「レンガ塀」と宝仙寺の「石臼塚」

山政醤油醸造所「レンガ塀」と宝仙寺の「石臼塚」は、江戸時代において中野区は食品産業の拠点だったことが伺える2つの名所です。

まず、1872年創業の山政醤油醸造所ですが、このレンガ塀が建てられたのは1899年と推定されています。

山政醤油醸造所煉瓦塀跡全景

山政醤油醸造所レンガ塀

かつて江戸時代の青梅街道沿いは味噌や醤油等地方から集まってきた食品を加工する工場が多く、山政醤油醸造所もここにありました。

レンガ塀の前にある掲示板

レンガ塀の前にある掲示板

そしてこのレンガのそばに宝仙寺があり、そこには「石臼塚」があります。かつて江戸時代そばの一大消費地となった江戸・東京に向けて出荷される玄そばが、中野に集められこのあたりは製粉の大拠点となっていました。東京じゅうのそばが中野から出荷されるため「中野そば」と言われるまでとなったそうです。しかし、その後機械化により使われなくなった石臼を供養するためこの宝仙寺へ集められ石臼塚が出来たそうです。

宝仙寺にある「石臼塚」

宝仙寺にある「石臼塚」

石臼塚の由来が記してある看板

石臼塚の由来が記してある看板 

宝仙寺第五十世住職が石臼を大切に供養すべきとして石臼塚を立てたとのことです。

明王山「宝仙寺」境内入口

明王山「宝仙寺」境内入口

この宝仙寺境内の中には「中野町役場跡」もあります。
江戸時代の食産業の拠点として栄えたところに役場の跡があるのも納得できます。

中野町役場跡

中野町役場跡

山政醤油醸造所レンガ塀跡
住所 中野区中央2-32
アクセス 東京メトロ丸ノ内線「中野坂上」駅下車 徒歩6分

宝仙寺
住所 中野区中央2丁目33−3
アクセス 東京メトロ丸ノ内線「中野坂上」駅下車 徒歩6分

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