中野村経済の発展の礎となった「堀江家」の墓所

宝仙寺に着くと仁王像が出迎えます。

宝仙寺に着くと仁王像が出迎えます。

東京メトロ丸ノ内線・都営大江戸線「中野坂上」駅から徒歩5分。青梅街道を新中野に向かい200m。
右手をみると仁王像が待ち構えるお寺があります。そこが宝仙寺

このお寺には「堀江家の墓所」があります。堀江家とは、徳川幕府の時代に農民十数名とともに越前(福井県)よりこの地に来て、1555年に中野の開発を始めたとされています。当時関東を支配していた小田原北条氏から小代官(こだいかん)に任ぜられ、江戸開幕後、頭角を現し中野とその周辺の有力な指導者となりました。
堀江家によって、中野村は次第に発展し青梅街道中野宿の「問屋場役人(宿へ宿泊する時に共にする馬の管理や、飛脚(手紙や運輸)の中継ぎ的な存在)」や、「組合村寄場役人(3〜5、6ヶ所の村をまとめて小組合としその上に役人を立てた)」等をとりまとめ、中野村の商業の発展の礎を築きました。

堀江家の墓所入口にある看板

堀江家の墓所入口にある看板

堀江家の墓所は「第一墓所」と「第二墓所」があり、それぞれに特長のある墓所となっています。

堀江家第一墓所の看板

堀江家第一墓所の看板

この看板の下に第一墓所と第二墓所の位置関係の図があります。

第一墓所では二対の墓石があります。

堀江家の第一墓所

堀江家の第一墓所

 

第二墓所の看板

第二墓所の看板

第二墓所は一つの大きな墓石が中央に配され、左右に小ぶりの石碑が正面の墓石の通路を囲むように並んでいました。

第二墓所正面の墓石

第二墓所正面の墓石

第二墓所の全景

第二墓所の全景

 

堀江家の墓所
住所 中野区中央2丁目33−3
アクセス 東京メトロ丸ノ内線・都営大江戸線「中野坂上駅」から徒歩5分
電話 03-3371-7101
★堀江家の墓所がある宝仙寺の公式サイトはコチラ

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