青梅街道の宿場町として発展していた名残の「中野町役場跡」

中野町役場跡の横には石臼塚も見える。

現在中野の中心は中野区役所もあるJR中央線 中野駅周辺ですが、明治から昭和初期に掛けて今の中野区中央周辺が青梅街道の宿場町として栄えていた頃、中野の中心は今の中野坂上付近でした。

そのことを示すのが、東京メトロ丸ノ内線「中野坂上駅」から徒歩5分、宝仙寺境内にある「中野町役場跡」と刻まれた大きな石碑。かつて「中野町役場」は明治28年(1895年)から昭和の初期までこの場所にあったのです。

そのほかにも江戸時代には味噌や醤油等の食品を加工する工場が多かったことを示す山政醤油醸造所「レンガ塀」が近くにあるなど、昔この付近が中野の行政・経済の中心的な場所だったことがわかります。 

中野町役場跡の石碑があります。鐘楼の中に大きな鐘も見ることができます。

大きな石碑に刻まれた「中野町役場跡」の文字。かつてここが中野の中心であったことを示します

中野町役場跡
住所 中野区中央2丁目33−3
アクセス 東京メトロ丸ノ内線・都営大江戸線「中野坂上駅」から徒歩5分
電話 03-3371-7101

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