東洋大学創立、哲学堂公園創設「井上円了の墓」

江古田にある蓮華寺には、一風変わった形をした墓石があります。
これは東洋大学を創立し、哲学堂公園を創設した仏教哲学者・教育者である井上円了のお墓です。

井上円了は1858年(安政5年)、現在の新潟県長岡市に生まれ、16歳で長岡洋学校に入学し洋学を学びました。
卒業後は「諸学の基礎は哲学にあり」という教育理念のもとに、29歳の時に私立「哲学館」を創立。これがのちの東洋大学となります。

そして1904年(明治37年)にはソクラテス、カント、孔子、釈迦を祀った「四聖堂」(建設当初は「哲学堂」と呼んでいた)を建設し、これが現在の中野区立哲学堂公園のはじまりとなっています。

円了はその後は学校運営から身を引き、61歳で亡くなるまでの24年間に3,600回以上にわたり、全国各地で哲学や宗教についての知識を広く世の中へ伝えるための巡回講演を続けました。

哲学堂公園「四聖堂」前にある井上円了の石碑

また井上円了には哲学者・教育者のほかに「妖怪博士」といった別の顔があります。
彼は生活の中で経験する様々な不思議な現象を「妖怪」や「幽霊」によるものと考える人がまだまだ多かった明治時代において、合理的・実証的な考えに基づいて迷信の打破、妖怪の撲滅を図り、様々な調査研究の結果をまとめた『妖怪学講義』を発刊しました。
これらの活動は迷信の多かった当時の日本において高く評価され、井上円了は「妖怪博士」「お化け博士」と呼ばれるようになりました。

蓮華寺にあるお墓は井上円了本人による発案で、「井上」の井の形をした石の上に「円了」の「円」を表す形の石を置いて自分の名前を表現しています。哲学者・教育者だけでなく妖怪博士としての顔も持つ、奇才・井上円了らしいお墓といえます。

 

井上円了の墓(蓮華寺 敷地内)
所在地 中野区江古田1-6-4(蓮華寺本堂前)
アクセス 西武新宿線「新井薬師前駅」から徒歩15分

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