創建350年、四代将軍家綱ゆかりの寺院「泉光山 蓮華寺」

中野区大和町にある「泉光山・蓮華寺」は、万治元年(1658年)に哲心院日優上人(てっしんいん・にちゆうしょうにん)により開かれた日蓮宗の寺院です。

日優上人は徳川四代将軍家綱出生の折に江戸城に上り、17日間に及んで安産を祈願しました。家綱の母「お楽の方」は、家綱を無事出産できた感謝の印として、山門・五重塔などを日優上人に寄進。その後、わずか22歳で亡くなった妹の「蓮華院」と母である「泉光院」の供養の菩提として、日優上人と共に現在の文京区に「泉光山蓮華寺」を創建しました。

非常に緑豊かな蓮華寺境内

蓮華寺は明治44年(1911年)に現在の大和町に移転。以来、中野の地で100年以上にわたり、徳川家とゆかりのある寺院として親しまれ、古くは「御朱印寺」として知られ大勢の人々が訪れていました。境内は緑豊かな非常に落ち着いた雰囲気で、弁天様の祀られている池にはコイやカモ、シラサギなどの種々様々な自然生物が生息しています。現在も毎年開催している「花まつり」のお祭り等で多くの人が訪れたりと、地元の人たちの憩いの場所ともなっています。

石段の奥に見えるのは蓮華寺本堂

本堂内の様子

境内には本堂や御成口の他に、客殿や有縁殿など多くの建造物が並んでおり、中でも幾度となく修繕されながら200年の歴史を見守ってきた本堂は、平成26年(2014年)に大改修され、内観も含め荘厳な姿となっています。その他、キリシタン迫害の歴史にまつわる「山荘之碑」をはじめ、江戸時代のころから多くの人々が喉に関する「病気退散」を祈願したという「お咳のお婆さん像」(脱衣婆石像)や、西洋医学を最初に日本に紹介した伊藤板渓のお墓等々、境内には歴史的に貴重なものが多くあります。

境内にはユニークなハニワのオブジェも

ちなみに、現在の山門にかかげられている額に書かれた「泉光山」の文字は、江戸時代中期の儒学者・書家の細井広沢によるものとして広く知られています。

入り口山門の額の文字は江戸時代の書家・細井広沢によるもの

 

泉光山 蓮華寺
所在地 中野区大和町4-37-15
電話 03-3337-2427

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