京都本願寺にゆかりのある「願正寺」

14もの寺が居並ぶ中野区上高田周辺の一角にある「願正寺」。周りを住宅に囲まれ細い道の行き止まりに位置していますが、上高田の地形の傾斜によって驚くほど広々とした空間になっています。

「願正寺」の開祖である安養坊(あんようぼう)了善は、天正18年(1590年)に創建した寺を神田光瑞寺と称し、京都本願寺教如上人に提供しました。これが京都本願寺の東京掛所(宿坊)となり、後の浅草本願寺となりました。
また、安養坊了善は麹町3丁目谷に庵を構え、これを「願正寺」と称したのです。

その後、5代徳川綱吉公の時に江戸城外堀を造るために牛込原町に移転。
さらに、大正元年に役所の政策による区画整理のため、周囲の寺と共に現在の場所に移転して来ました。

本堂は中野区の寺院の多くが関東大震災や第二次世界大戦などで焼失した中、現在まで無事に残っている貴重なものです。

願正寺の墓地には、新見豊前守正興(しんみ ぶぜんのかみ まさおき)とその父親の新見正路(しんみ まさみち)の墓があります。
新見豊前守正興は外国奉行に任じられ、万延元年(1860年)に遣米使節正使として日米修好通商条約の批准書交換のため渡米し、日米親善に尽力した人物です。

新見の功績を讃え、大正7年(1918年)にはローランド・モーリス駐日大使が、昭和35年(1960年)にはダグラス・マッカーサー2世駐日大使が、新見の墓を詣で、日米親善の記念樹を植えたとのことで、記念碑も設置されています。

願正寺
所在地 中野区上高田4-10-1
電話 03-3386-6618
アクセス
・東京メトロ東西線「落合駅」から徒歩7分
・JR「東中野駅」西口より徒歩10分
・西武新宿線「新井薬師前駅」から徒歩13分

※問い合わせ先の記載がない記事については、まるっと中野編集部までお問い合わせ下さい。
掲載場所近隣の区民の皆様に直接お問い合わせすることはご遠慮いただきますよう、お願い申し上げます。

※掲載情報は全て記事取材当時のものです。