【中野人インタビュー】あぶまた味噌 飯田又右衛門さん

光沢のある濃い茶褐色の見た目とは裏腹に、まろやかな甘みと旨味がふわりと口に広がる「江戸甘味噌」。三河の八丁味噌と京都の白味噌の特徴を兼ね備えた、江戸ならではの味噌として一般庶民にも広く愛好され、最盛期には東京における味噌の消費の約6割を占めていたことも。この「江戸甘味噌」を130年以上に渡って中野の地で作り続けている「あぶまた味噌」の代表取締役会長・飯田又右衛門さんに話を伺いました。

広い土地に、高い利便性から
中野坂上は“江戸の食の供給地”として繁栄

1885年に中野で創業した「あぶまた味噌」。現在、代表取締役会長を務めている飯田又右衛門さんは5代目で、
6代目である息子の飯田庄太郎さんが代表取締役社長を務めています。
長い歴史を持つ「あぶまた味噌」ですが、その由来について伺うと意外な歴史が。「現在の社名は“あぶまた”とひらがなで表記していますが、以前は“油又”と書いていました。戦災などで明治以前の資料が失われているのではっきりしたことはわからないのですが、名前の通り、昔は植物油を取り扱う商店だったと聞いています。当時は大豆油や菜種油といった植物油が照明や暖房に利用されていたのですが、石油の登場で下火に。そこで、新たな商売として味噌づくりを始めたようです」
当時の中野坂上は江戸の郊外。味噌や酒、醤油などの醸造に必要な広い土地が確保できた上、青梅街道沿いのエリアで交通の便も良かったため、江戸の食の集積地として栄えたのだとか。「“中野坂上のそば・みそ・しょうゆ”という言葉があり、この周辺にそばの製粉所が5軒、みその醸造所が2軒、醤油の醸造所が1軒ありました。今ではそばの製粉所が1軒、みそは当社が残っているのみ。時代の流れはやむを得ないとはいえ、少し寂しいですね」

 

塩分量は通常の辛口味噌の半分!
なめらかな舌触りとやさしい風味の「江戸甘味噌」

江戸甘味噌は、米麹をたっぷり使った独特の風味が特徴。通常の辛口味噌は塩分量が約12%ですが江戸甘味噌は約6%と低塩分で、砂糖や甘味料を使っていないのにまろやかな甘さが感じられます。「見た目は真っ黒で塩辛く思われがちですが、食べてみると、しっとりなめらかな舌触りと丸みのあるやさしい風味に驚くはず。一説によると、徳川家康の出身地である三河の赤味噌と、家康の憧れの地である京都の白味噌のそれぞれの良さを兼ね備えた味噌として作られたという話もあるようです」

かつては“江戸の味”として普及していた江戸甘味噌ですが、今では知る人ぞ知る幻の名品に。「江戸甘味噌が忘れられてしまった理由は、第二次世界大戦中に一度、製造中止になってしまったから。江戸甘味噌は通常の味噌よりも米を大量に使うため、ぜいたく品として禁止されてしまったのです。江戸甘味噌がようやく復活したのは、米や塩の統制が解除された昭和27年。ありがたいことに、長年江戸甘味噌を使ってくださっていた料理店から“ぜひ復活してほしい”と熱い要望をいただいて、何とか再開することができました

あぶまた味噌の人気商品「江戸甘味噌」

ところがその後、1964年の東京オリンピックに向けて地下鉄工事を行った際、味噌づくりに欠かせない地下水が枯れてしまうというトラブルが発生。より深い水源から新たに水をくみ上げることでこの問題は解消したものの、廃水・給水規制や、臭いに対する周辺住民からの苦情などが重なり、みその仕込み作業をこの地で行うことが困難に。「現在は都内にある別の会社に仕込みを依頼して、半製品の状態で中野の工場へ持ちこみ、仕上げを行うという工程で製造しています。細々とではありますがこうして味噌づくりを続けてきたおかげで、江戸甘味噌は東京都地域特産品認証食品にも認定されました」

飯田又右衛門さんと、代表取締役社長を務める息子の飯田庄太郎さん(写真左)

 

味噌のおいしさや魅力を知ってもらうため
さまざまな取り組みにチャレンジ

ライフスタイルや食生活の変化により、味噌の消費量は減少傾向に。「昔は必需品でしたが、今や味噌は嗜好品といったほうが良いかもしれません。味噌のおいしさや魅力をより多くの人に知ってもらうために、さまざまな取り組みにチャレンジしています。他にも、食品加工商社に原料として江戸甘味噌を供給したレトルトカレーもそのひとつ。塩分が少ないので、料理に入れても味を邪魔せずに隠し味として深みを出すことができるのです。煮込んでも風味が飛びにくいので、サバの味噌煮やカキの土手鍋にもおすすめです」

そのほか、スティックサラダのディップやおにぎりの具、カナッペなどに使っても美味なのだとか。「毎月30日は“みそかみその日”として店頭でお得な商品を用意しておりますので、江戸甘味噌をまだ食べたことがない方も、この機会にぜひお越しください」


【中野のお気に入りスポット】

宝仙寺

中野区の魅力は何といっても交通の便が良いこと。商売を続ける上でさまざまな苦労がありながらも、他の場所へ移転せずにあぶまた味噌をこの地で守ってきた理由のひとつが利便性の高さなのです。区内で特に思い出深い場所は、宝仙寺。私自身が幼いころに宝仙学園の幼稚園に通っておりましたし、息子が子どものころにはよく散歩に連れて行って、秋になると境内に落ちている銀杏を一緒に拾ったのを覚えています」

 

宝仙寺
住所 中野区中央2-33-3
アクセス 東京メトロ丸ノ内線「中野坂上」駅から徒歩8分
https://www.visit.city-tokyo-nakano.jp/category/nintei/shrine/12969

 


今回の中野人

飯田又右衛門(いいだ またえもん)さん
株式会社あぶまた味噌 代表取締役 会長

1943年8月8日生まれ。中野区出身。成蹊大学卒業後、1966年4月、富士ゼロックスに入社。西日本エリアの営業職として勤務後、1971年10月に同社を退社し、株式会社あぶまた味噌に入社。1994年、飯田又右衛門に改名し、同社の代表取締役社長に就任。2012年から現職


 

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