【中野人インタビュー】中野ブロードウェイ商店街振興組合 金子義孝さん

中野のランドマークとして日本人だけでなく、外国からの観光客の来店も多い「中野ブロードウェイ」。土・日曜、祝日には5万人もの人が訪れる、日本を代表する「サブカルの聖地」です。そこで店舗経営と中野ブロードウェイ商店街振興組合の専務理事・事務局長として、40年近く中野の街を見つめてきた金子義孝さんに、熱い“中野愛”をたっぷり語っていただきました。

1966年誕生の”商業住居複合ビル”の先駆け
個性的な店が多く、外国人客も増加中

高級マンションと200店舗が軒を連ねる”商業住居複合ビル”の先駆けとして、1966年に誕生した「中野ブロードウェイ」。金子さんが関わるようになったのは、当時勤務していたアパレル会社が子ども服のブティックを同施設に出店したことがきっかけでした。

「店を出したのが1980年代の初め。当時僕は会社の小売担当で、中野ブロードウェイと、別のもう一カ所で子ども服のブティックを開店していたんですが、数年後に会社が解散することになって。でも社長が気前のいい人で『商品もお店もみんなあげる!』って、経営権をくれたんです。それでしばらくブロードウェイで店をやっていたんだけど、2000年になり、いよいよ店を閉めようとしたら、今度は中野ブロードウェイの商店街振興組合が事務局長を探していて。『だったらいろいろブロードウェイのことを知っている金子がいいんじゃないか』って話をもらって。それから現在まで、20年近く事務局長をしています。

中野ブロードウェイの特徴は、個性的な店が多いところ。新しいものじゃなくて“古いもの”を売っていて、その古いものっていうのが日本の文化だなと。それを求めて外国人が来るようになった。アニメやマンガの『まんだらけ』を中心に、メンズのブランド時計専門店『ジャックロード』も売れている。リピーターも多いですしね。

(生鮮食品店が多い)地下は『レトロで面白い』って言ってくれる人もいるけど、個人的にはただ古いだけじゃダメだと思っていて。中野区は高齢者が増えているから、野菜をカットして持ち帰りやすいようにするとか、雰囲気は古くてもいいから、内容は新しくしていくのが今後の課題かなと思います」

国内外から漫画ファンが集まる「まんだらけ」

世界の高級時計ブランドの品が並ぶ「ジャックロード」

 

中野をもっと盛り上げるため
若者の意見を聞いたり才能を育てていく

今では「サブカルの聖地」として名高い「中野ブロードウェイ」ですが、長い歴史の中には低迷する時期も。それを乗り越えて、さらに盛り上げていくためには「若い人の意見を聞いて取り入れること」と金子さんは言います。

組合の事務局にはね、若い人がよく来るんです。それで、みんなで『あれをやろう』とか『どうしよう』とか話し合う。今は、今年のゴールデンウィークの10連休はどうしようとか、ワーッと話し合っているところで。それから東京オリンピックに向けて、今年から来年にかけて、いろいろなイベントをやって行こう!って取り組んでいるところです。その中で何かひとつの競技を取り上げよう、って出てきたアイデアが『スケボー』。この『スケボー』をテーマに、ブロードウェイで何ができるか、今は話し合いの真っ最中。これはもう、すべてをかけてやっていく。どんなイベントになるのか楽しみにしてください」

 

さらに、若い人の意見を取り入れるだけではなく、育てていくことにも力を注ぐと金子さん。中野ブロードウェイの館内ガイドの表紙を担当したイラストレーターの「灰とヒッコリー」さんも金子さんが才能を認めたひとりです。

「彼が『こんな絵を描いています』って作品を持ち込んで来た時は、まだ大学生だった。それで『よし、これを買ってあげよう』って館内ガイドの表紙にしたり、今、一生懸命育てているところ。去年は中野ブロードウェイのカレンダーを凸版印刷と組んで作ったら、賞(第70回全国カレンダー展第2部門日本商工会議所会頭賞銀賞)を取ってね、今度表彰されるんです!

未来の中野ブロードウェイをテーマに描かれたカレンダーのイラスト。よ~く見ると、イラスト内には、楽しそうにビールを飲む金子さんの様子も!

彼には中野区と交流のある甲州市(山梨県)にも『旅費は出すから行ってこい』って武者修行的に行かせて(笑)。そこで甲州市で採水したミネラルウォーターのパッケージを描いてもらって、それを中野ブロードウェイの『ガラポン大会』の参加賞にしたりしています。

かわいいイラストが描かれたミネラルウォーターは、中野ブロードウェイオリジナルのノベルティーのひとつ

やっぱり若い人の意見をどんどん取り入れて、若い人を育てていくことが、これからの中野ブロードウェイや中野という街を盛り上げていくためには大事なんじゃないかなと思っています」

 

中野を代表する施設として周りを巻き込み
自然を生かした「文化と芸術の街づくり」を

常に中野の未来について考えている金子さん。現在は中野ブロードウェイにとどまらず、街全体の活性化を見据えています。
中野は東西・南北で分断して一体化していない。たとえば中野駅の北口で何かイベントをやっても、南口は何をやっているのか知らない、っていう状況。これはすごくもったいない。だから、中野ブロードウェイが中心になって周りを巻き込んで街を活性化して行きたい。
来年は『愛成会(中野の社会福祉法人)』やフランスのナント市と一緒に、中野でアール・ブリュット作品(伝統的な美術文化とは無縁の人々が作り出す芸術作品)の展示も予定していて、『中野サンプラザ』や中野の商店街と合同で応援していく。やっぱり、こうやって街ぐるみで大きなイベントをやってね、中野全体で大きな動きにしていかないと。中野には桜並木もあるし、自然を生かした『文化と芸術の街づくり』のためにも、中野ブロードウェイが中心になって牽引していかなきゃ

僕は店を閉める時、『これからは静かなところで暮らそう』って、埼玉県に引っ越したけど、今では毎日往復3時間かけて中野に通勤している(笑)。昨日は休みだったのに、結局中野ブロードウェイに来ちゃった。中野は家みたいなもので、やっぱり大好き! 下町の雰囲気があって新宿に近くて、それにちょっと高尚なところもある。でも、大好きな街だからこそ、将来がすごく心配。たとえば引退した70代の人が活躍できる場所を作るとか、大きな祭りをやるとか、もっともっと中野の活性化を目指して、これからも頑張ります」

 


【中野のお気に入りスポット】
野方の商店街

この間久しぶりに歩いたけど、野方の商店街はいい。大きいし、古い商店街の割には50歳前後の若い経営者が多いんです。駅前にスペースがあるから、イベントや祭りをやるのにすごくいい場所だと思って。僕はこんな風に、どこに行っても何を見ても、「ここはこうしたらいいんじゃないか、こうすれば楽しくなるんじゃないか」という目線で街を見てしうまうんです(笑)

 

今回の中野人

中野ブロードウェイ商店街振興組合 専務理事・事務局長
金子義孝さん

昭和9年、静岡県浜松市生まれ。アパレル会社の事業部を経て小売部門を担当。1980年代初頭、中野ブロードウェイで子ども服のブティック「アリス」の開店に携わる。会社の解散時に「アリス」の経営権を引き継ぎ、中野ブロードウェイ商店街振興組合の役員も務める。2000年の「アリス」閉店時に同組合の専務理事・事務局長に就任。同組合のゴルフ愛好会「どんぐり会」に所属して、84歳の今もコースに出て楽しんでいる。健康の秘訣は「毎日ブロードウェイの館内ガイドを補充するために、階段を昇り降りすること。それから頭を使うこと」。

 

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