【中野の歴史-中世編3-】中野長者伝説を御存じですか?

左/中野長者の開いた成願寺(本町二丁目) 右/東京都旧跡「中野長者の墓」(昭和初年の状況) 成願寺

今は昔、応永の頃(1394~1427)、紀州熊野から鈴木九郎という若者が中野にやってきました。ある日、総州葛西に馬を売りにいき、高値で売れました。信心深い九郎は仏様の功徳と感謝して、お金はすべて浅草観音に奉納しました。帰ってみたところ、あばら家は黄金に満ちていたのです。観音様のごほうびでした。それから運は向き「中野長者」と呼ばれるお金持ちになりました。故郷の熊野神社を移して熊野十二社を建てたり、信心深く過ごしていました。ところが、あふれる金銀財宝が屋敷に置ききれなくなった頃、九郎に邪念が生じたのです。金銀財宝を隠そうと人を使って運ばせて、帰りに亡き者にするという悪業をはじめたのです。村人たちは、「淀橋」を渡って出掛けると、帰りはいつも長者一人だということから、いつしかこの橋を「姿見ず橋」と呼ぶようになりました。

しかし、悪が栄えるためしなし、やがて九郎に罰があたります。美しい一人娘が婚礼の夜、蛇に化身して熊野十二社の池に飛び込んでしまったのです。高僧を呼び、祈りを捧げました。すると、池から蛇が姿を現し、たちまち娘に戻りましたが、にわかに湧いた紫の雲に乗って天に昇っていってしまったのです。

九郎は嘆き悲しみ、深く反省して僧になりました。そして、自分の屋敷に正歓寺を建て、また、七つの塔を建てて、娘の菩提を弔い、再び、つましく、信心深い生活に戻りました。めでたし、めでたし・・・
(中野区立歴史民俗資料館館長 比田井克仁)