【中野の歴史-近世編12-】 幕末の記憶(安政大地震)-中野区民の聞取りから

 

昔、明治は遠くになりにけりといったそうですが、若い?私にとっては昭和は遠くになりにけりです。ところで江戸時代といったらどうでしょう。もはや遠くどころか教科書の世界ですね。中野区教育委員会では昭和59年(1984)にお年寄りから様々な昔の話の聞き取り調査を行っています。その中でお話を伺った方の祖父・祖母の方が江戸時代のことを語られている話があります。もはや得ることのできない貴重な話ですのでご紹介いたしましょう。

安政の大地震はすごかった

(明治37年生まれの新井の男性が父と祖父から聞いた話)
「井戸がね、昔は、木のね、四角の枠がこうなって、あれがね、3尺動いたっていうの。安政大地震は。あれからこっちに動いちゃってるんですって。そこへくるとまだね、こないだの大正12年の震災は、そんなほどではない。」という話です。あの関東大震災が安政の大地震に比べたら大したことがないというのは、まさに実体験者でなければとても比較できるものではない話です。
【注釈】安政の大地震とは、安政2年(1855)10月2日に起こった大地震、江戸市中は大被害をこうむり、水戸藩邸の倒壊で儒学者藤田東湖が死去している。

(中野区立歴史民俗資料館館長 比田井克仁)

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