【中野の歴史-近世編13-】 幕末の記憶(桜田門外の変と甘酒屋)-区民の聞取りから

2016.10.21 UP

投稿者:中野区


月岡芳年1874「江水散花雪」桜田門外の変を描いた浮世絵(歴史民俗資料館所蔵)

 

桜田門外の変と甘酒屋

(明治36年生まれの弥生町の男性が祖母から聞いた話)
「17歳までの間は、祖母は旗本のお屋敷にね、行儀見習いのためにね、ご奉公にあがっているときに、万延元年のですね、3月3日に井伊掃部頭が、外桜田門において首を斬られたのです。わたくしの祖母が見たのでは、あの前ではね、毎日ね、甘酒屋さんが門の外に出ていた。それで、あの事件があってから甘酒屋さんはもう出なくなりましたって。だからたぶん、あの甘酒屋が、甘酒の釜の中に首を入れていったんじゃないかと。」という話です。井伊直弼の首は数日間行方不明になっていた事実があり、このことからいなくなった甘酒屋が加担していたと噂されていた臨場感あふれる話です。甘酒屋は単に恐ろしいから店を出さなくなったのでしょう。
【注釈】桜田門外の変とは、万延元年(1860)3月3日に幕府大老井伊直弼が江戸城桜田門の外側で暗殺された事件。この事件をきっかけに尊皇攘夷運動が激化し、急速に幕末の動乱へと向かっていった。

(中野区立歴史民俗資料館館長 比田井克仁)

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