【中野の歴史-近世編14-】 幕末の記憶(近藤勇の下駄)-中野区民の聞取りから


左/近藤勇の家族が滞在したと伝えられる成願寺 右/板橋刑場跡に建てられた近藤勇の墓

 

近藤勇からもらった下駄

(明治39年生まれの江古田の男性が祖父から聞いた話)
「わたしのおじいさんなんですがね、安政とか何とかいって古い生まれなんですよね。だからね十いくつでね。近藤勇がね、あすこ板橋駅、すぐ左の方でね、斬られたんだよ、見てて。わたしの家がね侍だったもんだから、子どもだからちっちゃな刀差していたのね、そしたら『小僧、こっちへこい』と呼ばれて、下駄をもらってきちゃったの。近藤勇から。こんなでかい下駄でね。知り合いのじいさんがね、その下駄ほしくてしょうがないの。それでとうとうもらっていっちゃった。」という話です。新撰組隊長近藤勇は板橋で斬首されましたが、まさにそれを見物していた人の話です。この当時、近藤の妻子は中野本町の成願寺に滞在しており、ここから遺骸を引き取りに出かけたということです。
これらの話は、記録保存をしておいたからこそ、21世紀に話題にすることができました。しかし、何でもかんでも記録するというのは難しく、歴史のほとんどは、個人それぞれの記憶の中でしか生きていけないものなのかもしれませんね。

(中野区立歴史民俗資料館館長 比田井克仁)

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