【中野の歴史-近代編1-】 えっ中野は神奈川県だった!? 2016.11.11 UP 中野の歴史 近代編 明治元年、江戸が東京と改められ、新しい時代がはじまりますが、その後の行政区分は混乱を極めました。武蔵国には当初、東京府・武蔵知県事・神奈川府が置かれ、中野は武蔵知県事に属しましたが、明治2年には品川県を新設し、そちらに移ります。明治4年(1871)の廃藩置県によっ…
【中野の歴史-近代編2-】 中央線敷設反対運動 2016.11.18 UP 中野の歴史 近代編 明治維新以降、鉄道の開通は文明開化の象徴でした。中野区には東京の幹線でもある中央線が通っています。明治22年(1889)4月11日に新宿-中野-境-国分寺-立川間に開通した中央線は当時甲武鉄道と呼ばれていましたが、その開設は苦労の多いものでした。 …
【中野の歴史-近代編3-】 中央線開通と鉄道網の発展 2016.11.25 UP 中野の歴史 近代編 明治20年頃になると、路線も青梅街道の北側、現大久保通りとの間を通す新案が示されましたが、地域住民の意見は「鉄道は村を衰微せしむ」という内容に集約され、これも実現しませんでした。 とうとう、江戸時代以来の産業の中心であった甲州街道・青梅街道沿線を…
【中野の歴史-近代編4-】 四季の森公園にあった軍事施設 2016.12.02 UP 中野の歴史 近代編 中野区役所西側の四季の森公園は、オフィス街と大学と合わせたとてもおしゃれな公園ですが、70年前まで陸軍の施設がありました。 中野停車場(現中野駅)の北側一帯は、かつて5代将軍徳川綱吉によつて設けられた「お囲い」の跡地で、広大な雑木林や桑畑となっていま…
【中野の歴史-近代編5-】 寺町江戸墓物語-忠臣蔵と上高田 2016.12.09 UP 中野の歴史 近代編 中野区上高田一丁目の早稲田通り沿いと上高田四丁目は通称「寺町」と呼ばれ、たくさんのお寺があります。これらの寺々は東京の都市化にともなって、明治時代の末から大正時代に旧江戸市中から移転してきたものです。著名な人のお墓も多く、それだけでも江戸時代を語ること…
【中野の歴史-近代編6-】 真理の探究-東京都指定名勝哲学堂公園- 2016.12.16 UP 中野の歴史 近代編 明治時代、急激な西洋化は、日本の伝統的な考え方に大きな変化を与えました。西洋・東洋の哲学を融合し、そこに人間の生きる道を見出し、哲学を万民のものに普及しようとする哲学者井上円了は、中野区和田山(現在の松が丘)に「哲学堂」を建てました。 哲学堂は明治3…
【中野の歴史-近代編7-】 中野駅は今より西側にあった 2016.12.23 UP 中野の歴史 近代編 明治22年(1889)にできた中野停車場(現在の中野駅)は今より、約100mほど西側にありました。その頃の中野駅は、一面の雑木林とわずかな畑といった広漠たる武蔵野の原野でした。 さて、駅は出来ましたが駅前が発展するのには少し時間がかかりました。それは、今まで40…
【中野の歴史-近代編8-】移転した中野駅-駅前広場は掘られてできた 2017.01.06 UP 中野の歴史 近代編 大正元年(1912)の中野駅の昇降客は一日平均1,981人でしたが、大正10年(1921)には6,752人に膨れ上がります。大正12年(1923)の関東大震災は人口の郊外流出のきっかけとなり、昭和元年(1926)にはなんと17,406人と激増しました。 当時、今…
【中野の歴史-近代編9-】東中野駅、開かずの踏切30年物語 2017.01.13 UP 中野の歴史 近代編 鉄道には開かずの踏切がつき物ですが、東中野駅東側にあった桐ケ谷踏切はその中でも最高クラスでした。東中野駅は、明治39年(1906)に柏木停車場として開設され、大正6年(1917)に現在の名称となりました。 関東大震災以降、中央線の走行車両は増加し、そのため踏切に…
【中野の歴史-近代編10-】大都市東京発展のシンボル-野方配水塔 2017.01.20 UP 中野の歴史 近代編 大正時代頃の中野区は農村地帯でしたので、飲料水は井戸水に頼っていました。当時の東京では玉川上水の水を淀橋浄水場(現在の新宿中央公園)で浄化して水道水としていましたが、23区東部に配水され、農村地帯であった西部一帯には水道はありませんでした。 東京は近代都市として…
【中野の歴史-近代編11-】区民が成功させた区画整理事業 2017.01.27 UP 中野の歴史 近代編 大正年間以来、中野区は急激に人口が増えてきましたが、元々農村地帯だった土地柄のため、農道は直線ではなく、田畑のあぜ道がそのまま街路になったりと、整備が必要になってきました。 そこで、大正15年(1926)には桃園川沿い(35.4ha)、昭和2年(1927)には神…
【中野の歴史-近代編12-】平和の象徴「旧豊多摩刑務所」 2017.02.03 UP 中野の歴史 近代編 新井3丁目には昭和58年(1983)まで「中野刑務所」がありました。刑務所というと聞こえは悪いですが、戦後日本の平和の礎となった、あるいは支えた人々が収監されていたところでもあるのです。 この刑務所は江戸幕府の「小伝馬町牢屋敷」からはじまり「市谷監獄」経て大正4年(…
2019.06.26〜2019.08.04 歴史民俗資料館 コーナー展「昭和の東京オリンピックと中野のくらし」 2019.06.14 UP 西武新宿線沿線東エリア イベント 中野の歴史 近代編 当時の人・モノ・暮らしを振り返ります。 コーナー展「昭和の東京オリンピックと中野のくらし」2019年6月26日(水)~8月4日(日) 昭和39(1964)年に開催された東京オリンピックは、その前後の人々の暮らしに大きな影響を与えました。当時の写真や生活用品から、オリンピックと中…
2020.07.14〜2020.08.30 歴史民俗資料館 コーナー展「オリンピック展」 2020.07.09 UP 西武新宿線沿線東エリア イベント 中野の歴史 近代編 コーナー展「オリンピック展」令和2年 7月14日(火)~8月30日(日) 国を挙げて盛り上がりを見せた1964年のオリンピック。ガイドブックや記念品などから当時の様子をたどります。オリンピック道路の建設風景や区内を走った聖火リレーの写真などを展示します。 常設展示をリニューア…
2020.11.10〜2020.12.19 歴史民俗資料館 館蔵品展「裁縫(さいほう)ひな形」 2020.10.30 UP 西武新宿線沿線東エリア イベント 観光スポット 中野の歴史 近代編 小さき衣服(ミニチュア)の精緻な美技 館蔵品展「裁縫(さいほう)ひな形」2020年11月10日(火)~12月19日(土) 裁縫ひな形は、明治から昭和にかけて、裁縫学校などで作られた衣服のミニチュアで、 縫製技術を正確・短時間・効率的に身につけることができました。 明治以降…