【中野人インタビュー】 JR東日本 中野駅駅長 金剛正範(こんごうまさのり)氏

4月11日に記念すべき開業130周年を迎えた中野駅。この中野駅に昨年11月、赴任してきた金剛正範駅長にインタビュー。

中野駅第54代駅長 金剛氏

中野駅第54代駅長 金剛氏

 駅長が見た中野駅

— まずは関係ない話ですが、その珍しいご苗字のことから聞かせてもらえますでしょうか?

「私は先祖代々茨城の取手なんですが、地元でもうちの関係の数軒しかいないですよ。インターネットによると、全国でも800世帯くらいらしいです。他の地域だと、奈良県のほうの金剛組っていう宮大工さんとか、能の世界で金剛座ってあるんですよ。真言宗のお題目に南無大師偏照金剛っていうのがありますし、あとはやっぱり焼肉チェーンですかね。金剛苑って、いっぱいありますよね(笑)」

— 国鉄に入ったきっかけは?

「私は文系の学生だったんですが、トンネルや橋が造りたくて、1982年に国鉄に入社しました。ちょうど東北・上越新幹線も出来たばかりのころですし。他社ですけど、『地図に残る仕事』っていうCMのコピーが『なんか、いいな』って思って。根がミーハーなので(笑)」
「希望通り、最初は建設のコンサルティング的な業務に就いていました。しかし、分割民営化、国鉄改革を機に工事局から鉄道管理局という労務系、組合との折衝など人事関連の業務に携わる部署に異動になりました。中野駅130年の歴史の中でも、国鉄からJRへ、というのはもっともセンセーショナルな出来事だったんじゃないでしょうか」

制服に光るJRの袖章

—その後はどのような部署へ配属されたのですか?

「2007年、松戸駅の副駅長に就任して初めて制服を着る仕事に就いたんですが、すぐに新宿地区指導センターというところに行きました。安全・安定輸送の確保、サービス品質の追求、地域との連携などをエリア単位統括する部署です」
「そのさなかに2011年3月11日を迎えました。当時はお客様の安全を第一に考えて、一生懸命、誘導や移動のお手伝いをしたつもりだったんですが、帰宅困難者の一時避難場所として駅を使うことはできなかった。駅構内の安全確保で精一杯だったこともあります。今はあの時の教訓を活かして、駅に非常食や水、毛布などを常備するようになっています。その後、運転士、車掌など直接運転保安に従事する社員の技量向上などを担う東京総合訓練センター所長を経て、日暮里駅長を3年、昨年11月から中野駅長に就任しました」

中野駅歴代駅長名鑑

中野駅歴代駅長名鑑

— 鉄道的に中野駅の特徴ってありますか?

「ここは首都圏でも数少ない電車区(車庫)がある駅ですので、それが大きな特徴ですね。朝夕のラッシュ時以外、電車はここで休みます。本線の信号制御は東京総合指令室、というところで行うんですが、電車区への入出区は中野駅で取り扱っています」
「それと、1〜8番線のうち、3、4番線の施設は東京メトロさんの財産なんです。ただ、お客様への情報提供は一元化したほうがよいので、立ち番(ホームにいる駅員さん)などの業務はメトロさんからJRが委託されて行っています。この形はあまりないんじゃないですかね」

中野駅の電車区(車庫)

中野駅は首都圏でも数少ない電車区(車庫)がある駅

— メトロの車両は車庫を使わないですよね?

「いや、たまにメトロも休みますよ、一時的に。最終的には自分のおうち(深川、新木場などにある)で休むんですが」

—「休む」という表現にやはり鉄道愛がありますね(笑)。

 

鉄道交通と中野とインバウンド

— 「駅の外」の中野はいかがですか?

 「独身時代に高円寺にある寮にいたんで、少しは土地勘がありますが、まだあまり詳しいわけではないです。赴任してすぐ、ブロードウェイに行ってみました。ちょっと勇気いりましたけどね(笑)」

— 外国の人が多かったのではないですか?

「確かに。でも私はすごく多い駅(日暮里は京成スカイライナー始発駅)から来たんで、そんなに戸惑うことはなかったです。しかし外国のお客様とコミュニケーション取るときって、『通じたな』って思っていてもそうじゃない場合もあります。3番線って案内したのに5番線行っちゃったりとか。そういう思い込みは危ない、と経験上感じます。ここのスタッフもちゃんと以前から理解しているみたいです。今は社員が全員タブレットを持っていて、音声付きで翻訳するJR独自のアプリなんかも入っているんですよ。2020年オリパラ、というのがありますからね。もっとも、当社全体として、2020年が決まるずっと前から、インバウンドのお客さま向けのサービス向上は重要課題なんです」

 

 施設から人へ、新しい『地図に残る仕事』

中野駅第54代駅長 金剛氏

「駅で求められるのは、お客様の視点に徹底的に寄り添い、駅が秘めている無限のポテンシャルを積極果敢に切り拓いていくことです。新たな機械や設備、システムをど導入するだけでなく、お客様がそれらをどのようにご利用になるか、お客様の思いやご期待に寄り添ったサービスを提供できているか否かを徹底的に追求し、駅のイノベーションに挑戦していきます。目指すは『スタートする駅』『人が集う駅』からさらに一段ステップアップし『迎える駅』を創造することです。安全第一は変えずに。それには、鉄道を起点としたサービスから、人を起点としたサービスへの発想の転換が必要だと思います。駅を使う人々の24時間の生活を豊かにするために何ができるか。遅ればせながらですが、来年3月からは新幹線eチケットサービスも始めますので、駅窓口や券売機でチケットを発券・引き取りせずにご乗車いただくことができるようになります。」

— 居住者は多いけど、定住期間が短いのが中野の特徴でもあり、定住促進は区の課題だと聞いています。

 「区が主導されているシティプロモーション活動に当駅も参加していますよ。区が考えられているテーマが、当社のグループ理念と一致するところがあるので、『これはいいぞ』と(笑)」
「企業30年説(企業のサービスは、おおむね30年ごとに変革しないと長続きしない)というのもありますし、当社も約30年。そこに開業130年と東京2020が来る。これは変わるチャンスですよね、もう。『変わっちゃうぞおー』って感じです(笑)」

— ノリノリですね(笑)。

「『安全・安定輸送のレベルアップ』をベースに、お客様や地域の皆様の強固な信頼を築きあげたうえで『目的地を創る』『駅を楽しく魅力的に』『移動を楽しく、快適・便利に』の三つの視点からお客様に提供する輸送サービスを質的に変革していきます。変わるのは勇気のいることでもあるし、ちょっと変革を口にすると、『なんだよ、カッコつけてんじゃないよ』って思われちゃうところもあるじゃないですか。だけど、これだけ動機付けがある中で、変わらないほうがおかしいんじゃないか。みんなに伝えやすいですよね」

— 今月で平成が終わりますが、JRの歴史もほぼ平成の歴史だったんですね。『鉄道起点』から『ヒト起点』へのサービスを考える、となると、これまでの駅長の経歴が活きますね。

「それはどうかわかりませんが、自分ではよく『以前は橋とトンネルを造っていたけど、今はヒトとまちをつくっている』と話しています」

— ありがとうございます。

中野のまちの未来に向かって発車オーライ!

中野のまちの未来に向かって発車オーライ!

 

【中野のお気に入りスポット】
新井薬師 梅照院

私が真言宗豊山派の檀徒というのもありますが、中野でお気に入りの場所です。130年前の開業当時の中野駅は新井薬師へ参詣する多くの人々に利用された、という歴史も何か縁を感じます。

★詳しくはコチラ

 

 

今回の中野人
東日本旅客鉄道株式会社 東京支社 中野駅 第54代駅長
金剛正範(こんごう まさのり)さん

茨城県立龍ヶ崎第一高校を卒業後、1982年国鉄入社。高校は進学校だったが、在勤しながら中央鉄道学園という企業内大学に通えることを聞いて入社、ただ、国鉄改革後の状況を見据えて思い直し、在勤中に夜学で明治学院大学法学部法律学科を卒業したという変わり種の人。なるべくしてなった(?)駅長として、中野にどんな変化をもたらしてくれるのか楽しみ。

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