【中野人インタビュー】東芝ブレイブルーパス 2016年ラグビーオリンピック代表 豊島翔平氏

9月20日にスタートし、連日熱戦が続くラグビーワールドカップ日本大会。

4年前のイングランド大会で、強豪・南アフリカを破って一躍注目を浴びたのは記憶に新しいところですが、その1年後のリオオリンピックで正式種目になった7人制ラグビー、通称「セブンズ」で日本はやはり強豪のニュージーランドを破り、さらにフランスも撃破してベスト4に入る快挙を成し遂げました。

この大会で代表選手として活躍したのが、中野区生まれで、日本ラグビートップリーグの東芝ブレイブルーパスに所属する豊島翔平さんです。

今回、その豊島翔平さんが9/20に中野体育館で開催された「ONE NAKANO for ALL」のパブリックイベントにゲスト出演された際にインタビューさせていただきました。

 

恩師との出会いでサッカー人生からラグビー人生へ

―豊島さんはお生まれも中野区ですか?

「はい、鷺宮のほうです。今も実家は鷺宮です」

―区立北中野中学ご出身ということですが、公立中学のラグビー部からのキャリアスタートって珍しいのではないでしょうか

「実は小学校のころはサッカーやってまして。セレクションにも受かって、中学からは小平のジャクパ、っていうクラブに通ってたんですね」(ジャクパ東京FCはサッカーユースクラブの名門)

―あれ? 中学からはラグビーなんじゃ…?

「両方やっていたんです。ラグビーは学校の部活として。母親が中学になったら学校でもスポーツ部に入りなさい、ということで、僕、4人兄弟の三男坊なんですけど、兄二人がお世話になって、母がとても信頼する先生がラグビー部の顧問だったんで、ラグビー部に。でもメインはサッカーでした」

―公立中学のラグビー部、って普通にどこにもあったんですか?

「いや、そのころ中野区では2校だけでしたね」

―サッカーのクラブチームと学校のラグビー部の両立、ってヘビーそうですね

「だからか、2年の時に母親からどっちかにしなさい、って言われたんで、どちらかというとラグビーのほうが無理してやっていた感じだったもので、じゃあサッカー続けるよ、って言ったら、『ダメ。ラグビーにしなさい』って(笑)。それが僕のラグビーの本格的始まりです」

―選択の余地なしだ(笑)。でも東京大会ですごい成績をあげるんですよね?

「3年のとき、優勝しました。決勝で國學院久我山中学を破って。公立中学初、かどうかはわからないですが、中野区の中学としては初めてだったと思います」

―豊島さん、という並外れた才能の選手がいたから?

「いやいや。僕なんか3年生になっても147cmしか身長なかったですし、他にいい選手がいっぱいいました。僕以外でも二人、慶應大学・早稲田大学に進み、卒業後に社会人ラグビーへ進んだ選手がいますよ」

―でも公立中学が久我山のような名門を破るなんて、すごいですね

「まずはその顧問の先生がすごい人だったんだと思います。ラグビーって、規律を守る、ということがとても重要視される競技で、中学生ではそこがまず一番難しいところですよね、年齢的にも。その点、先生はオフではとても優しいんですけど、部活や授業では厳しい人で、スイッチを切り替えてうまく指導してもらったと思います。あと、型にはまったラグビーが好きじゃなくて、自分たちで考えたことをプレーに出すことを割合、自由にやらせてくれたんです。そういう独創性もラグビーには重要な部分ですので、子供たちをうまくコントロールしながら、強いチームを作っていったんだと思いますね」

―なんか、すごい人ですね。今さらですが、なんていう先生ですか?

「長島章先生、とおっしゃいまして、今でも千歳中学でラグビー、教えていると思います」

※調べてみると、現在長島先生が顧問を務める世田谷区立千歳中学校も昨年秋の東京大会で慶應中等部を破って優勝しており、久我山は4位。公立中学校の教諭でありながら、他校の関係者から「名将」と言われるほどユースラグビー界でも著名な先生です。

―そして高校は名門、東海大相模ですね

「そうですね。中学校で一緒にやっていた仲間が東海大相模に行く、というので一緒に練習に参加させてもらった後、自分も東海大相模に行きたいと思い受験しました」

―そこで中野とお別れですね

「いや、鷺宮から通ってました」

―ええ!?  片道どれくらい?

「電車は2時間弱とかですかね。さらに駅から学校まで20分くらい歩かないといけないんで、大変でした」

―家に寝に帰るだけみたいな感じですね。じゃあ、寮生活は大学(東海大学)から?

「そうですね。東海大学は、僕が高校の時に東海大仰星が全国大会優勝して、その時のメンバーが多く入ってきたり、同級生にリーチマイケルや木津三上がいましたんで、ホント、いいチームでした」

その後大学時代から7人制日本代表に選ばれ、卒業後現在までラグビートップリーグの東芝に在籍、途中、前述のリオでの大活躍があって、現在に至ります。さて、ここからは地元のお話についてお伺いします。

 

都心のすぐそばで、時間がゆっくり流れる街

 

―高校まで中野にお住まいだった、ということで、中野の思い出について少し伺わせてください

「ずーっと地元の鷺宮で遊んでました。高校に入っても、平日はそれこそ寝に帰るだけだったので、休みの日には、先ほどお話した慶應に進んだ同級生、高島大地、って言って、今は横河(※)で、今年からバックスのコーチになったんですが、彼と一緒に二人でラグビーやってました」
(※横河武蔵野アトラスターズ。ラグビートップイーストリーグに所属するチーム)

―二人で、ってどのあたりで?

「サギグラ、あの、鷺宮グラウンド(鷺宮運動広場)ですね。鷺宮体育館(現・鷺宮スポーツ・コミュニティプラザ)の横の。自転車のカゴにラグビーボール入れて行って、パスやキックの練習をずっとしてました」

―ラグビー漬けですね

「ラグビー漬けですね(笑)。だから、中野駅あたりへ遊びに行っていたのは、むしろ中学の時のほうが(多かった)。あの、地下にある、アイスクリーム七段でしたっけ?八段でしたっけ?あれみんなで食べたり」

―『デイリーチコ』ですね。そんな前からあったんですか。最近、インスタ映えするとかで外国人観光客の人にも人気のようですよ

「そうなんですか。また行ってみようかな。一人で全部食べられるとは思えないけど(笑)」

―中野に長く住んでみて、またその後中野を出て感じる中野の良さ、ってどんな点と思われますか?

「新宿という都心にこれだけ近くて、都心っぽさがない、というのが一番好きな部分ですね。僕が育った鷺宮のあたりは、高い建物もないですし、妙正寺川が流れていて、時間もゆっくり進んでいて、夕陽も最後まで見られるんです」

―なるほど。夕陽が最後まで見られるところなんて、都心の近くではそうそうないですもんね

「高校の時は、鷺ノ宮から西武新宿で降りて、小田急の新宿まで歩いて通っていました」

―毎日新宿のあたりを歩いて鷺宮に帰ったら、すごいギャップを感じそうですね

「ホント、そうです。今は(チームがある)府中に住んでいるのですが、でもいつかは帰ってきたいんですよね。中野に。」

―ぜひ、お待ちしています(笑)

 

日本のラグビーは、「いいところ」まで来ています

―最後に、今盛り上がっているラグビーワールドカップと、来年の東京オリンピックのセブンズについて、豊島さんの個人的見解でけっこうですので、日本チームへの期待はどれくらい持てますか?

「まずワールドカップは、準備がしっかりできていると思いますし、前回の南ア戦勝利という自信は大きいと思います。自信があるかないかでチーム力は全然違ってきます。そこをプレッシャーと感じてしまうかどうかですが、今のチームはうまく力に変えることができていると思いますから、決勝トーナメント進出も期待していいんじゃないでしょうか。前回も2ポイント差での予選敗退でしたし」

「ロシアにまず勝って、次戦がアイルランド、さらにスコットランドと強豪が続きますが、サモア戦にも、格下と侮らず臨んでほしいと思います。割合、波のあるチームなんですが、逆に波に乗るとランキング以上の力を見せるチームですから」

「セブンズもいい準備はできていると思います。たまたまさっき、7人制の代表の選手から連絡がきて、チーム状態は上がってきていると言っていました。それに、15人制の南ア戦と同じく、7人制も前回ニュージーランド(NZ)を破って自信をつけていますから。準備をすれば勝てるんだ、ということがわかった後では同じ準備でも違ってくる。1年は切りましたけど、まだ1年ある、とも言えます」

―豊島さんは前回NZ戦勝利のフィールドにいらっしゃったわけですが、お話伺っていると、中学時代の久我山を破ったことも含めて、自信というか、いいところまでいく、というのは大きな意味があるんですね

「あると思いますね。実は先ほどの久我山に勝って東京大会優勝の話、その後の東日本大会では前回勝って自信があった相手の久我山に負けて準優勝になって。今振り返ると、その時に自信と常にチャレンジャー精神で戦う謙虚さを学んだと感じます。前回は金星、でも次回は頂点に。これからの日本代表に期待したいです」

 

豊島翔平(とよしま・しょうへい)

1989年1月9日 中野区生まれ
中野区立北中野中学校、東海大相模高校、東海大学を経て
2011年から東芝ブレイブルーパス所属
2013 年7人制ワールドカップ出場
2016年リオオリンピックで7人制4位に貢献
15人制ポジションはFB、WTB
7人制ポジションはSH、 SO、フッカー など

175㎝ 85㎏

※15人制ラグビーは1900年、1908年、1920年、1924年の4大会だけオリンピックに採用され、2016年に7人制で92年ぶりの復活。フィジカルにリスクが大きいことが15人制採用が見送られてきた理由とも言われているが、7人制は競技時間が短い上、タックルよりパス回しなど、スピード感のほうが強く、フィジカルリスクが少ないことが採用の理由とも言われている。ちなみに女子競技もある。15人制ワールドカップと7人制オリンピックが2年続けて同じ日本で開催されるのは貴重な機会

 

【中野のお気に入りスポット】
鷺宮運動広場

「以前、実家に帰った時に、昔の僕らのようにグラウンドでラグビーやっている子供達がいて、入ろうかな、と思ったんですがやめたんです。いきなり入ってくる知らないオジサンは怖いかな、と。でも次は勇気を持って(笑)参加しようと思います」

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