【中野人インタビュー】“アール・ブリュット”NAKANO街中まるごと美術館 副実行委員長/アートディレクター 小林瑞恵氏

今年で10周年を迎え、現在中野区内各所で開催中の「NAKANO街中まるごと美術館」。そのテーマコンテンツの「アール・ブリュット」関連の展覧会を数多くてがけるアートディレクターでもあり、今企画の副実行委員長も務める小林瑞恵さんにお話を伺います。

小林瑞恵さん

新しい言葉「アール・ブリュット」

–「アール・ブリュット」とは正規の芸術教育を受けていない人が、独自の発想と方法によって生みだす作品を指し、「生(き)の芸術」と呼ばれている、ということですが、あらためて、こうしたジャンルというか、概念が生まれた背景からお伺いしてもいいですか? 今更な話で恐縮なのですが…

「いえ、とても大事なポイントです。この言葉はフランスの画家であるジャン・デュビュッフェさんという方が、1945年に提唱した言葉です。一般市民が芸術に親しむ、ということが少ない当時の社会風潮を変え、美術教育を受けていなくても優れた芸術があることを証明するために、ご自身がヨーロッパ中を旅して、探して、いろんな作家や作品に出会うんですね。ただ、それではそうした作家が存在することを証明するだけに終わってしまうので、言葉を作ることで可視化し、言語化して、社会に芸術は誰のものか、という問いかけをしたわけです。存在するけど言葉にないものは、私たちはどうしても捉えにくいところがありますよね」

–小林さんがアール・ブリュットの存在を知られたのはいつ頃ですか?

「15年くらい前でしょうか。ジャン・デュビュッフェさんが集めた作品を展示しているスイスの美術館も行きました」

「母が社会福祉の仕事をしていたこともあって、障がいのある方の芸術活動に触れる機会が子供のころからよくあって、もともと芸術好きではあったんですが、こうしたジャンルの芸術にも馴染みがあったことが背景にありますね」

–そういった(障がいのある)人たちのアートには、突き抜けた作品が多かったりすることはありますか?

「枠がないですよね。人間、成長するにつれ、学校での成績をあげるために勉強する、みたいに、どんどん枠に囲われていく傾向にあるじゃないですか。なんでしょう、障がいのある人たちの枠のなさみたいなところは、人間らしく、本質的で惹かれました」

–でも、アール・ブリュット=障がい者アートではないんですよね?

「そうです。あるがままに、自分が造りたいから造る、自分らしくいることを徹底して追求している人のアート、と言うのでしょうか。そこに障がいの有無は関係ないです。たとえば、これはアール・ブリュットの世界では有名な作品で、フランスのオートリーブという田舎町にある、『シュヴァルの理想宮』と言います。障がい者ではないですが、美術的、建築的知識も何もない、シュヴァルさんという郵便配達夫が、33年かけて作ったものです。ある日、配達の途中に奇妙な形の石につまづいたのがきっかけで、配達の途中に石を見つけて、仕事が終わったら石を拾いに言って積み上げる、ということを33年繰り返してこれを造ったんです」

シュヴァルの理想宮(フランス・オートリーブ)

–すごいモチベーションですね。このスケールのものを、誰に頼まれたわけでもなく

「そうです。誰かに評価されたいから造っているわけではない。誰かに見てもらおうとさえ思っていないかもしれないです。たとえば、美術館に展示するために作品を造る人は、美術館に展示できる大きさで造りますよね、まず。そして鑑賞者を想定されるでしょう。どう評価されるか、とか。そういうことを気にしない人のアートには力があります」

–まさに枠に捉われていない人たちですね。今でいうと、多様性社会的考えの先駆けでもあるんですね

「まさにそうだと思います。私はアール・ブリュット作品に関して、海外でもキュレーターを務めたりするんですけど、国が変わると、社会制度も変わるし、障がい者、という定義も変わるんですね。ですので、日本では障がい者認定される人が、海外ではそうではなかったりします」

–障がい者、という定義すら相対的なものなんでしょうね

中野の街の多様性

–中野でのイベントは10年前からですが、そのきっかけはどういったことだったのでしょう?

「そのちょっと前に、日本のアール・ブリュットと世界のアール・ブリュットを展示する大きな展覧会がスイスと日本(国内3ヶ所を巡回)で同時開催されて、私も参加していたんですが、この国内巡回も終わって、東京でもこの考え方を広めたいな、と思いました。愛成会(※)のある中野に戻って、どういう仕掛けを作れるだろう、と考えた時、中野には美術館がなかったんですよね」

「で、中野にあるリソースを最大限活用する方法として、個性豊かな商店街がたくさんあることを活かしたらどうかと、まず最初に中野ブロードウェイの理事長さんにご相談して始まりました」

※社会福祉法人愛成会。障害者支援施設として社会福祉事業を行うほか、公益事業として芸術文化活動を展開している。

–ブロードウェイと言えばサブカル系の聖地ですが、そういった指向の作品もあるんですか?

「近い作品はありますね。現代が、ジャン・デュビュッフェさんの時代と大きく違うのは、誰でも気軽にSNSで情報のやりとりをしたりできるので、他の文化にまったく影響を受けずに孤高の作品を造る、というのはかえって難しくなっていることだと思います。だから、あの時代の概念を現代に置き換えると、つじつまが合わなくなる部分もあります。言葉としては確立していても、意味や概念は時代とともに変わっていってもいいんだと思うんです」

–そういう自由さもある種アール・ブリュットの特徴でもあるわけですね。10年実施されてきて、手応えというか、区民の意識などが変わった実感はありますか

「10年続けると、『継続は力なり』だな、と思うことはあります。毎年恒例の街の風景になったと思いますし、今年はいつやるの?というような声もいただくようになりました。アール・ブリュットという言葉の意味を、理解していただいている人も増えたと思います。その意味では、美術館でやらなくてよかったなと思っています。美術館だと、行きたい人しか来ないですからね。その点、街こそ多様ですよね。いろんな生活形態の人、趣味の人が集まっていて」

–特にこの街は多様ですものね

「そうですね。いろんな人がいる街で、日常の風景に溶け込んでいけていると思います。この街ならではの、多様性を受け入れるイデオロギーみたいな空気感が成熟されていった感覚はありますね。うちの施設にも障がいのある方がいるんですけれども、自然に社会の一員として交流できているような雰囲気が作られてきたことには一定の効果があったように思います」

東京オリンピック・パラリンピックが終わった後の活動こそ重要

–これからのこの事業のベンチマークというか、目標的なことはありますか?

「ようやく地域に定着して、日常になってきたのがこの10年とすれば、今年はちょうどオリンピック・パラリンピックの年でもありますので、多様性、多文化共生みたいなキャッチフレーズがたくさん叫ばれている中、オリパラが終わった後にこの動きが衰退しないように、もっと広く理解を深めてもらう活動をこの先考えなければいけませんね」

「いろんな分野の方々とお話する中で、一言で多様性、と言っても、その範囲が相手と自分で食い違っていることが多いことに気づかされることがあります。多様性社会の形成、というと障がい者の参加しか考えない人とか。今だったらLGBTの人たちへ対する理解を深めることも大事じゃないですか。『多様性社会』って言葉を使いながら、その意味がイコールになっていない危険があります。その中身も議論しなければいけないと思います。アール・ブリュットという言葉も、時代時代に合わせたこのジャンルのあり方を議論するツールであればいいと思っているんです」

–なるほど。言葉は存在するけど、定義は変化する、というのはなかなか多くの人が理解するのが難しいかもしれないですが、アール・ブリュット=障がい者アート、とかになると、また枠にはめることになっちゃいますからね

「まだ『アール・ブリュット』という言葉が定着してないころは、日本でこうした美術展をやりたい、といろんな美術館に持ちかけても、『障がい者のアートなら、区民ギャラリーとかを借りてやられたらどうですか?』って言われることが多かったんです。でも2010年にパリで日本のアール・ブリュットを紹介する美術展に12万人もの人が集まって話題になって。そしたらそのあとは日本国内で国公立美術館を3年に渡って巡回することができました」

「これで言葉は定着したんですが、どうもアール・ブリュット=障がい者アート、みたいな認識が広がってしまったんですよね。これは枠を作ってそこにこれまで入ってなかったグループを入れ込む、という話ではないんです。それは難しいですよ、人はグラデーションですから。境界線は作れない。たとえば芸大を出ていて、でも心身に障がいがある人はアール・ブリュットなのか?とか考えることが無意味ですよね」

「要は、作品を見て、作品自体を評価して、その作者がどんな人であれ社会に参加するきっかけを作る、ということが重要だと思います。パリで展示した作品は、その後、国立の美術館に展示されても、それ以前と作品自体は何も変わっていない。変わったのは評価する人たちの視線と捉え方なんです」

今回の展覧会の見どころ

–最後に、今回の美術展で小林さんおススメの作品、ってありますか?

「どれも素晴らしいんですが、たまたま今日、持っているんですがこれはどうですか?熊本の、渡邊義紘さんって方の作品です」

–葉っぱで作っている?

「葉っぱです。しかもクヌギの葉なので、11月にしか落ちないんです。ですから制作期間も限られているんですが、すごい速さで作っていかれるんですよ」

–接着剤みたいなものを使われているんでしょうか?

「いえ、糊も使ってないですよ」

–すごいですね!

「2月16日から、ブロードウェイの『GALLERYリトルハイ』さんというところで公開していますので、ぜひ他の作品も含めて、ご覧にいらしてください」

「折り葉の動物たち/2003-2017年」渡邊義紘

 

 

 小林瑞恵(こばやし みずえ)


1979年 長野県生まれ。
4歳でアメリカに移住。小学校の時に帰国してから東京に住む。
中野には20年在住し、2017年から社会福祉法人愛成会副理事長を務める。
2004年 障がいのある人々が創作活動を行う「アトリエpangaea(ぱんげあ)」を立ち上げ。
2012年-13年にわたり、日本のアール・ブリュットを本格的に紹介するヨーロッパ巡回展。
「Outsider Art from Japan」(アール・ブリュットは仏語。英語ではアウトサイダーアート、と呼ばれることが多い)の日本側キュレーターを務め、以降、
2014年 日本スイス国交樹立150周年記念事業「ART BRUT JAPANSCHWEIZ」展(スイス)、
2017年 障がい者の文化芸術国際交流事業2017ジャパン×ナント プロジェクト 日本のアール・ブリュット「KOMOREBI」展(フランス)、
2018年 Art Brut Japonais2」展(フランス)などでも日本側キュレーターを務め、
2016年には東京芸術文化評議会アール・ブリュット検討部会委員も務める。

 

【中野のお気に入りスポット】
勝田商店

「ここは築地かと思うくらい、珍しいお魚がびっくりするお値段で売ってますよね。これ、どうやって調理するんですかみたいな、専門性が問われる(笑)ものも売っていて、この間、金目鯛が一匹1500円で売ってて、すごい安いんで買っちゃったんですけど、鱗も付いたままだったので、YouTubeで動画見ながら見よう見まねでさばきました」

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