【中野人インタビュー】中野区立哲学堂公園所長 植竹薫氏

中野区立哲学堂公園所長 植竹薫氏(哲学堂公園 四聖堂前にて)

今年、国の名勝に指定された哲学堂公園は、東洋大学の創設者でもある哲学者の井上円了(1858年/安政5年~1919年/大正8年)が、園内を周遊することで哲学を体系的に学べる施設として明治~大正期に整備した、世界でも珍しいスタイルの都市公園。4年前から所長を務める植竹薫さんにその魅力について伺います。

アミューズメントパークではなく、フィールドミュージアム

–所長は東京農大で造園学を学び、都市公園管理一筋とのことですが、いつ頃からこうしたお仕事を目指してらっしゃったのですか?

「高校進学にあたって、ランドスケープに関わる仕事してみたいと思って(農大の)附属校を受けたあたりがスタートでした。高校に入ってからは、生活に根ざした公園とか緑地に興味をもち、そうした施設を作ったり管理したりする仕事が将来できれば・・・と思うようになりましたね」

–その頃ご自宅近くにあった公園というと?

「世田谷区出身なので、馬事公苑とか砧(きぬた)公園です」

–有名どころで特徴のある公園がご近所にあったんですね。大学を出られて、哲学堂公園の所長になられる前に管理に携わられた公園としてはどんなところがありますか?

「昭和記念公園(立川市・昭島市)、アルプスあづみの公園(長野県)、明石海峡公園(兵庫県)、飛鳥歴史公園(奈良県)などの国営公園があります。国営公園が国民全体を対象とした観光地やアミューズメントパークとしての役割が大きいことに対し、区立公園は区民の方々の生活の場の一部であり、地域社会にとってより価値のある場所となることを目指すのが、運営管理における考え方の大きな違いであると考えています」

–哲学堂公園は国営公園ほど大きくないのに非常に細かくゾーニング(空間に対して用途や機能などの類似した性格ごとにゾーン分けを行うこと)されていますが、これはやはり都市公園としては珍しいですよね?

「どの公園でも、休憩、鑑賞、学習、慰楽、遊戯、運動など、公園の規模や役割などに応じてさまざまなゾーニングがなされています。哲学堂公園は、哲学や社会教育の場として建設された『哲学堂』を前身としており、円了さんの哲学観を体現する『哲学堂七十七場』を、著書『哲学堂一人案内』(今でいうガイドブック)に基づいて巡ることによって、『学ぶ』ということを来園者自らが体験しながら理解するという、フィールドミュージアム的な要素をベースとしてつくられています。こうした特殊性に加えて、都市公園として再整備される中でさまざまな公園機能が追加されたことにより複雑なゾーニングとなっています」

唯物と唯心

–七十七場、と聞くととても多いですが、大きく分けるとどう言ったエリア分けになりますか?

「まず、園内の高台に時空岡(じくうこう・『岡』は『丘』と同じ意)という古建築物群が集まっているエリアがあります。それに加えて、哲学の二大流派ともいうべき「唯物論」と「唯心論」という考え方をテーマにした2つのエリアがあり、エリアは大きく3つのゾーンに大別することができます」

※唯物論は存在するもの全ては物質的=心も含めた世界の根源は全て物質である、という考え方で、唯心論は意識が存在の全てを決定づける=物質も含めた世界の根底は全て精神にある、という考え方

–円了自身は唯物、唯心のどちらの考え方なのでしょうか?

「いや、円了さんは、四聖もそうなんですけど、どの考えが正しい、あるいは間違っているということは言っていないですね。宇宙に存在するあらゆる事象を対象に論理的にその正体(真理)を探究していくことが哲学であり、そのアプローチには上も下もない、というイメージなんですよね」

–今、四聖のお話が出ましたが、哲学堂最初の施設である、四聖堂(しせいどう)に祀られている4人のことですね。孔子、釈迦、ソクラテス、カント。儒教(孔子)と仏教(釈迦)の教祖がいて、他の二人は哲学者です

「円了さんは東大の哲学科で哲学を学びました。明治時代は西洋から入ってくる新しい文化を重んじていた時代なので授業の内容も西洋哲学に偏重していたと思いますが、円了さんは『洋の東西を問わず、真理は哲学にあり』と言って、仏教や東洋哲学の新たな解釈にも努めました。そうした中で、哲学を東洋哲学と西洋哲学に大別し、東洋哲学は中国哲学とインド哲学、西洋哲学は古代哲学と近代哲学に分類して、それぞれの代表者を四聖と定めたようです」

孔子、釈迦、ソクラテス、カントを祀った四聖堂

「公園をガイドしていて、『どうして四聖にキリストが入っていないんですか』と聞かれることはよくあります。宗教も哲学も宇宙の真理を探究するという点においては似通った部分があると思いますが、円了さんには「哲学とはこの世のあらゆる不思議=わからないことを論理的に解き明かしていくことだ」という考えがありました。キリスト教が宇宙の真理の答えを、最大の不思議ともいえる『神』に求めている点や、進化論や地動説などの科学的考察を宗教的な立場から否定していることなどをふまえ、論理的ではないと判断したのではないのでしょうか。あくまで私個人の考えですが」

 

四聖堂内部には横たわった釈迦涅槃の像が

「建物が丸と四角で構成されているのは、宇宙=天地万物が、心=丸くて光るものと、物=黒くて四角いものでできている、ということを表現しています。四聖堂中央の天井から丸いガラスが吊り下がっていて、さらにその下に香炉があります。香を焚くことでガラスが煤けることを、人間が生きていく中で物欲に心を汚すことは避けられないことだが、ガラスを拭えば清浄な状態に戻すことができることと同じく、学びを通じて心を正常な状態に戻すことができるという意味をこめています」

屋根の放射線状の梁は宇宙を表現している

–哲学は自然科学も含有するわけですね

「自然現象である雷とか虹はどうしてできるのかと考えたとき、大昔においてはそういった現象は怖れの対象であり、理解を超えた事象の原因は神様に帰結してしまうのですが、神様はとりあえず置いといて、何か別の理由があるんじゃないかと視点を切り替えて始まったのが自然科学の源流です。不思議なことを論理的に解明してゆく、法則性を見出してゆくという点で自然科学は哲学であるといえます」

「時空岡から唯物園に降りていく途中に三祖碑(さんそひ)という石碑があって、哲学の始祖として3人の哲学者が祀られています。中国の黄帝は『史記』(司馬遷)によると神の統治の時代から人間の統治の時代へと変わる最初の皇帝ですね。アクシャ・パーダはヒンズー教の経典である『ニヤーヤ・スートラ』の著者とされていて、論理の追求により解脱を目指そうとしました。ギリシャの古代哲学者ターレスは中学校の数学で習う『ターレスの定理』でおなじみの人物ですが、『万物の根源は水である』ということを最初に言った人物なんですね」

–すごい。ある意味、当たってますね。紀元前(ちなみにターレスはソクラテスより以前の人物)にそこまで言い当てていた人物がいたなんて、驚きです

「円了さんは唯物園に続いている階段を『経験坂(けいけんざか)』、途中の踊り場を『感覚巒(かんかくらん)』と名づけているんですが、これは『唯物論は経験を階段としており、経験するには五感に依らなくてはならない、耳目等の感覚を通じて客観的な事実として認識する』という寓意によります」

(左から)インドのアクシャ・パーダ、ギリシャのターレス、中国の黄帝が刻まれた三祖碑。「三祖碑左端のアクシャ・パーダの肖像については、参考となる資料がなかったという理由で円了さんの顔が代用されています」
茶目っ気のある人だったんですね。「七十七場の名前にはダジャレっぽいものも数多くあります」

 

–そして唯物園に対して、唯心庭、というエリアがあるわけですね

「こちらは人間の心を体現したエリアです。心字池(しんじいけ※)を中心として妙正寺川側にあった淵を倫理淵(りんりえん)と呼びまして、反対側の崖を心理崖と呼びます。つまり心が倫理=道徳や社会規範と、心理=純粋な心の動きに挟まれているわけです」
「円了さんは、心を王とすると倫理は左大臣、心理は右大臣に相当するとし、王、つまり心の意思決定に、大臣、つまり倫理と心理の意見が影響を与えている状況になぞらえています。よくマンガで、心の中の天使のささやきと悪魔のささやきが葛藤するような描写がありますよね。あんなイメージです」

「心字池は先天泉(せんてんせん)と名づけられた泉から水を引いてます。これは人間には先天の命令=教育や、教育を超越した心の最も深いところから湧きだす素晴らしく尊い感情、というものがあり、それが心の中を満たしているという構図を表現しています」

「そして心字池の中には理性島、という場所があって、そこに鬼燈(きとう)という鬼の形をした石灯篭があります。理性とは人間の本性のことで、人間の心の奥底には鬼が住んでいる、という暗示ですね」

※唯物園には物字檀という『物』の字に植えられた芝があるが、唯心庭にある心字池もかつて『心』の文字の形をした池だったという

唯心園にある心字池と鬼燈

 –何やら難しくなってきました(笑)

「たとえば、うちの9歳の娘が親に叱られてシュンとなっていると、3歳の下の妹が姉に近づいてきて寄り添ったり頭を撫でたりする。こうした行動は人から教えられたり経験したこととは関係なしに出たもので、先天の命令の表れだと思うんですね」

「また、人間の心の奥底に鬼が住んでいるという解釈ですが、例えば、一人を見殺しにすれば十人助かる、という究極の選択肢を与えられたとします。倫理に照らせば一人でも見殺しにして良い理由はありません。一方で心理に照らせばどちらかを選ばなければならないのであれば一人見殺しにして十人が助かる方が合理的だと考えるかもしれません。逆にその一人が自分の親や子であった場合は、十人を見殺しにしてでも救おうとするかもしれません。倫理と心理のせめぎ合いの果てにどんな答えが出たとしても冷徹に実行することができる鬼が、誰の心の中にもいるというわけです」

鬼燈

「円了さんは、心の中には鬼だけでなく良心の光明も同時に存在しているとし、鬼がその光明を戴きつつその重さや熱さに苦しんでいる姿を、『鬼燈(灯篭をのせた鬼)』というかたちで表現しています。さっきの選択でいうと、どちらを選択しても、それでスッキリめでたしめでたしにはならないですよね。当人は心に相当な苦痛を残すことになるでしょう。そうした状態を表現しているエリアなんです」

灯篭をのせていた頃の鬼燈

–深いですね。唯心論的にはなかなかスパッと答えは出ないのですね

「というより、唯物論についても唯心論についても、物事の答えは簡単に出ないのではないでしょうか。円了さんの卒論のテーマが荀子(じゅんし・古代中国の儒学者)なんです。『青は藍より出て(いでて)藍より青し』という言葉で有名な人ですね。藍染の色は原料となる草よりもずっと青い=弟子は師匠を超える存在であるべき、という考えを表しています」
「これだけ科学が発達してもわからないことは世の中にいくらでも存在しています。そうした中で、先人の経験や知識=解き明かされた宇宙の真理の一端、を踏み台にして現代人は更なる真理の追究を目指して日夜取り組んでいるわけです。そのためには常に学び続ける姿勢と弛まない努力が大変に重要なのだと思います」

「学び続けよ」知の冒険者、井上円了


–学問も常に進化していく、ということですね。となると、七十七場最後の方にかつて円了が集めた書物を置く図書館であったという『絶対城(ぜったいじょう)』がありますが、この『絶対』は矛盾していませんか?しかもその横に『相対渓(そうたいけい)』なる無水溝(空堀)があるのも不思議です。『絶対』と『相対』は相入れないものかと

「そのお話の前に、絶対城がある時空岡へ上がっていく坂には二つのルートがありまして、ひとつは「直覚径(ちょっかくけい)」といいます。これは目的地である時空岡へ最短で向かう園路。直覚とはたとえばニュートンがリンゴが落ちるのを見て万有引力を閃いたように、いきなり結論に辿り着くような思考を指しています」

「ですが大概の場合、人間は頭の中でいろいろ論理、思考の道筋を組み立てながら考えていくものですよね。それを表現しているのが曲がりくねった園路の認識路です。さらにここには途中に演繹観(えんえきかん)という傘の形をした休憩所があります。演繹というのはわかりやすくいうと『三段論法(AはBであり、BはCであった場合、AはCである)』のことなんですが、そもそもの前提が間違っていると結論も間違ってしまいます。つまり演繹観での休憩は傘の下、自分の頭の中だけの道理にあてはめた思考を表現しており、物事を思考する際には自身の考えについて深く省みることが必要ですよということを暗示しています」

※演繹法の有名な例えは、「人は必ず死ぬ→ソクラテスは人である→ソクラテスは必ず死ぬ」というもの

 

演繹観

「ちなみに演繹観の先にやはり休憩所で帰納場(きのうじょう)、という見晴らしのいい場所があります。帰納とは『より多くの事象を観察し、共通する規則や法則を見出して結論を導く』という考え方ですが、円了さんは演繹と帰納を組み合わせて論理展開を考えなさい、ということを伝えたかったのでしょう」

※帰納的考えを上記の例えで言うと「人であるソクラテスは死んだ」「人であるアリストテレスも死んだ」「人であるプラトンも死んだ」→「人は必ず死ぬ」となる

「そうして崖を登りきったところにあるのが絶対城です。絶対城は図書館で、『絶対的な真理に到達せんと欲するならば万巻の書物を読み尽くすことである』という意味で絶対城と命名されました。絶対とは、相対するものがない、唯一絶対、という意味です」

絶対城

 

絶対城内観

「しかし、絶対城が知識の殿堂であるとしても、その蔵書から学ぶことができるのはあくまでその時代までに得られた知識だけであり、果たしてそれだけで全ての宇宙の真理が究明できるのだろうか、ということです。宇宙の大部分を占める暗黒物質とか、死後の世界とか、この時代になってもわからないことはまだまだあります。今回のコロナウィルス禍にしても、世界中の学者が取り組んでいてもすぐにはワクチンもできない。その時代の最先端を学んだとしても結局絶対ではないわけです」

絶対城の中には女性専用の読書室がある。当時としては最先端な発想といえる

「なので、絶対城の目の前に相対渓という空堀を作ったんだと思います。相対渓には理想橋(りそうきょう)という橋が架かっていて、かつてその先には理外門という門がありました」

「理外の理という言葉があります。理解を超えている理(ことわり)ですね。その時点ではまだわからない。でも哲学はその理外の理の究明を目指していかないといけない。相対渓の相対は未知に対する相対、という意味なんです。まだ解き明かされていない未知が、相対渓の向こう側にある。そこを渡っていくことが哲学の理想である、という意味で理想橋と名づけられたのだと思います」

 

理想橋

–絶対城は絶対の境地に至る場所、ではなくて絶対を目指し続ける場所、ということなんですね

「常に学び続けよ、ということでしょうね。入口でもあり出口でもある哲理門には幽霊と天狗の像が左右に置かれているわけですが、どちらも未知を象徴するもので、心の世界での理外の理が幽霊、物の世界での理外の理が天狗、ということです」
「哲理門の聯(れん)に書かれている、『論理の舟に掉さし 物質の源にさかのぼり 理想の馬に鞭打ちて 絶対の峰に登る』という円了さんの言葉は、正しく哲学堂七十七場巡りで伝えたかった結論であると思います」

生涯学習を説いて全国を行脚した「妖怪博士」

–幽霊、天狗といえば、井上円了は妖怪の研究を始めて行った人物としても知られています

「妖怪を分析するといっても民俗学的立場ではないと思います。現象としての妖怪を見たときに、科学や心理学、トリックなどで説明がついてしまうようなものであれば、そもそもそれは本物の妖怪ではない。そうやって篩(ふるい)に掛けていっても、それでもわからないものがやっぱりある。それが真の妖怪・真怪(しんかい)である、と円了さんは言っています。この真怪を解き明かすことが哲学の究極の命題である、ということなのでしょうが、どこまで追求してもわからないことは世の中にあるわけで・・・円了さんはそのこと自体が人生の楽しみであると述べています。哲学関に刻まれた『哲学上宇宙の真理を味わい、かつ人生の妙趣を味わうところ』という言葉が、哲学堂七十七場巡りのもう一つの結論ではないでしょうか」

哲理門(てつりもん)

哲理門内にある幽霊像と天狗像

–東洋大学を創設した哲学者としての他に、全国を行脚する妖怪博士、というような新聞記事も当時よくあったようですね

「その方が受けが良かった、というのもあるみたいですね。円了さんが行った全国巡回講演は、暇がなかったりお金がなかったりする人たちに広く学びの機会を与えることを目的として実施されましたが、因習や古い価値観に縛られた人々に対し、自立して物事を考えることを勧めるのも一つのテーマでした。ですけど、そもそもそうした人たちに学問や哲学といった、小難しい話をしても理解してもらえるわけないんです。であれば何を切り口にしていくかというところで、迷信の象徴でもある妖怪をテーマにしたようです」

–まるで今でいうクラウドファンディングみたいですね

「円了さんは哲学の普及を目指して哲学館をつくったわけですが、誰か有力なパトロンにすがるのではなく、全国巡回講演を通じて、円了さんの教育思想に賛同する人たちから謝議をもらい、学びを志す多くの人たちのための学校を作ろうと考えたわけです。生涯学習の先駆けでもあると思いますし、今でいう通信教育のようなこともこの時代にすでに行っています」

哲学堂のコンセプトを広めていくために

–こうして伺っていると、ただお花見や散歩に来るだけじゃもったいない公園ですね。こうした深いテーマをどのように広げていきましょう?

「毎月第一日曜日に一部を除いた古建築物群の内部公開を開催しているのですが、その際に予約があれば、私が哲学堂七十七場を巡るガイドツアーをやっています。所要時間は約2時間です」

–それがまず一番いいですね! ちなみに参加料金は?

「410円ですけど、210円のガイドブックが付いてきますので、実質200円です(笑)」

「あとはパーククラブ、という、哲学堂公園に関わっていきたい方々の活動の場も提供させていただいています。パーククラブ活動には花壇育成活動と公園ガイド活動の2つがあります。公園ガイド活動は文字通り哲学堂公園のガイド案内が行える人材を養成する活動で、2ヶ月に1回のペースで学習会を行っています。若い方もちょくちょく来られます」

–子供向けに本を制作中、とも伺いましたが

「地元の子どもたちには哲学堂公園のことをぜひ知ってもらいたいな、と考えています。ただ、ここができたあらましを文章で書いてもなかなか興味は湧かないだろうと思い、楽しく読めるような絵本をつくろうと考えました。東洋大学の三浦節夫先生にアドバイスをいただきながらプロットとラフ画ができましたので、あとはこれを描き起こしていただける方を、大学のサークルなどに当たっていただいているところです」

植竹さんがかいた絵コンテ。このままでも出せそうなくらい絵がお上手!

「あとは今年初めて、哲学堂公園フォトコンテストという催しを開催します。地域の大学や団体、企業、専門家のご協力をいただき2年にわたり準備してきたプロジェクトです。大賞の他にフォトアート賞など、テーマ別にいろいろな賞を設けています。コンテストに参加していただく皆さんには、それぞれにとっての哲学堂公園の一番の魅力を見出していただければな、と思っています」

–写真のテーマを考える際に、井上円了がこの公園に込めたコンセプトがより理解してもらえるかもしれないですね

「そうですね。あとは公園の公式サイトで、私たちが東洋大学井上円了研究センターさん、社会学部メディアコミュニケーション学科さんとで連携して制作した、哲学堂七十七場紹介ビデオ動画(本編22作品、総集編3作品)を二カ国語(日・英)で配信していますので、ぜひこちらもご覧いただければと思います」

★哲学堂公園 公式サイトはコチラ
(動画は公式サイト内、哲学堂七十七場紹介ビデオコーナーにて)

宇宙館。哲学とは宇宙の真理を探究するもの、という考えから、哲学の講義堂をこう命名。宇宙館を利活用した取り組みとして、哲学堂公園や創設者井上円了について学ぶ講座のほか、インドネシアの伝統芸能や講談師による怪談などのイベントも開催

 

  

植竹薫(うえたけ・かおる)

1975年 東京都世田谷区出身
東京農業大学で造園学を学び、卒業後、公園緑地管理財団(現・公園財団)に於いて数々の国立公園の管理運営に携わる
2012年より日本体育施設株式会社パークマネジメント事業部所属
中野区立哲学堂公園および中野区運動施設指定管理業務の統括責任者


【中野のお気に入り】
ピカデリーサーカス 中野店

中野サンモール商店街を歩くこと自体楽しいんですが、その中にある子供服専門店がお気に入りです。
ここで娘たちの洋服を買って帰ったりします。

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※掲載情報は全て記事取材当時のものです。