【中野人インタビュー】プロ囲碁棋士 上野愛咲美さん、上野梨紗さん

2021.01.06 UP

投稿者:まるっと中野編集部

 女流最強位 上野愛咲美さん(右)、実妹の上野梨紗さん(左)※日本棋院「幽玄の間」にて

囲碁の歴史はとても古く、その起源は今から4000年前の中国と言われています。日本に伝わった時期は諸説ありますが、7世紀頃に朝鮮半島からという説が有力です。囲碁は貴族社会の中で広く浸透していき、時代が進むとやがては武家や庶民の間にも広まっていきました。

そのような歴史を持つ囲碁ですが、現代においては“プロ棋士”を認定する組織として日本棋院と関西棋院の2つが存在しています。今回はその日本棋院に所属する中野区出身のプロ棋士、上野愛咲美さんと、その実妹の上野梨紗さんにお話をお伺いします。

愛咲美さんは2018年、16歳の時に史上最年少の若さで女流棋聖を獲得。また2019年には、男女参加の一般棋戦「第28期竜星戦」における当時女流棋士史上最高記録となる準優勝や女流本因坊獲得といった功績を残しています。
妹の梨紗さんは愛咲美さんの影響を受け囲碁を始め、わずか12歳9ヶ月で入段。これは女流棋士において史上3番目の年少記録でもあります。 

祖父の影響を受け、囲碁の世界へ

–愛咲美さんはおじいさんの影響で囲碁を始めたと聞いていますが

愛咲美さん「宮崎に祖父が住んでいて、小さなころからよく遊びに行っていました。祖父はアマの有段者でしたが、私が遊びに行った時に「一緒に碁を打ってみようか」となり…。それがきっかけで囲碁に興味を持ったんです。これがちょうど4歳の頃でした。東京に戻ったあとすぐに日本棋院に行き、そこで配っていたチラシに書かれた教室に通い始め…石を置くところから学び始めました。その後7歳の時に日本棋院東京本院の院生となり、15歳で入段(プロ棋士)となりました。」

梨紗さん「私も姉と同じく4歳の時から囲碁を始めました。ただ私は日本棋院の囲碁教室ではなく新宿の教室に通っていました。その後、日本棋院院生となり12歳の時に入段しました」

愛咲美さん「でも始めたばかりの頃は、囲碁にすごくのめりこんでいた、というわけでもなかったんです。スクールに通い始めた頃は、教室の近くにあったサンリオのキャラクターが喋って音楽が鳴るポップコーンマシンで、帰り道にポップコーンを買ってもらうご褒美目当てに続けていた記憶もあります(笑)」

梨紗さん「私は囲碁に関してはそういうご褒美目当てって気持ちはあまりなかったかも。物心ついた時から姉が囲碁をやっていたので、自分も囲碁を打つのが自然な環境になっていましたし。姉の影響はやはり大きいと思います」

–そうして囲碁の実力をつけていき日本棋院の院生となったわけですね

愛咲美さん「教室で(アマの)初段になったあたりから院生についての話がでてくるんです。院生試験を突破すると日本棋院院生となりますが、まだここではプロではなくプロ候補生です。」

梨紗さん「院生になるとクラスごとに分かれてのトーナメントが毎月あり、そこで順位を競いあいます。順位があがれば、上のクラスに移っていき、一番上のAクラスで上位になれるとプロへの道が開かれるんです。」

–そのあたりは「ヒカルの碁」という漫画の中で見たことがあります

愛咲美さんヒカルの碁』で書かれていることはほぼ実際のことそのままですよね。大先輩の梅沢由香里さんが監修されてますし。」

梨紗さん「碁をやっている人はみんな読んでいます(笑)」

 

プロ棋士のライバルたちにも負けない若さと棋風

–プロ棋士になれるのはほんの一握りの方だということですが

愛咲美さん「私の時は院生クラスがA〜Fまであって、人数は全部で6、70人くらいいたでしょうか。その中からその年にプロになれるのはわずか数人です。候補生ですから当然みなさん実力もあるわけで、勝ち上がっていくのは大変でした。」

–その中で梨紗さんは史上3番目の若さでプロ棋士になられたわけですよね。すごいことだと思います

梨紗さん「ありがとうございます。でもプロになってからが本当に大変です。トーナメントや試合への参加だけでなく、イベントがある時は指導碁の講師として参加する必要もあります。ただ私はまだ中学生でもあるので、勉強の方もやらねばならず…。プロと学生を両立させながらなので、同級生に比べるとかなり忙しいかもしれません(笑)」

愛咲美さん「試合とテストのことを同時に考えるのって難しいよね…。」

梨紗さん「授業のプリントに棋譜を書いちゃう人もいるしね(笑)」

–ところでご自宅で二人で囲碁を打たれたりはしないんですか

梨紗さん「二人ともコンピューターとかインターネットを使って打つことがほとんどです。」

愛咲美さん「お互いの棋風が結構違うので、検討だけで口論になることもあるし、家で二人で打つことはほとんどないです(笑)」

–梨紗さんから見て姉の愛咲美さんの棋風はどのように感じますか

梨紗さん「姉は昔から周りに『すごく攻めてくるね』と言われていたんですが、その通り攻撃的な棋風だと思います。私は逆に厚く固めていく棋風なんです。」

愛咲美さん「梨紗は確かにすごく冷静な打ち筋だと思います。普通、若い時は石を取りに行きたがる棋風の人が多いのですが。普段も14歳にしては落ち着いているし。」

梨紗さん「でも普段対局とかしなくても、こんな感じで囲碁のことについて話ができる相手が身近にいるのはいいですね。」

タイトル戦などの対局に使われる日本棋院東京本院の「幽玄の間」。「深奥幽玄」とは“奥深くて計り知れない”という意味

いつまでも“中野”のままでいてほしい

–お二人とも中野出身なわけですが、中野のまちの印象ってどうでしょうか

 愛咲美さん「新宿ともすごく近くて便利なまちなんですが、やっぱり少し“マニアック”な印象はありますよね。サブカルの街とも言われていますし、中野ブロードウェイとかまんだらけとかもありますし。」

梨紗さん「私も新宿が近くてよく行っていたんですけど、中野のまちは“ちょうどいい”って感じがします。都会過ぎず田舎過ぎず…ほどよくて住みやすい。」

愛咲美さん「中野ブロードウェイにはしょっちゅう行くんですが、やっぱり買い物とか便利ですよね。昔もよく遊びに言ってたんですが、今とはお店とか結構様変わりしちゃったって感じです。それでも行けばすごく楽しいですよね。」

梨紗さん「今も中野ブロードウェイはよく通っていますが 、「明屋書店」ではよく本を買っていますね。個人的にお気に入りなお店です。」

–中野の碁会所にはあまり行かないんですか 

愛咲美さん「私はすごい昔、たまに行っていましたけど、プロになった今はあまり行くことはないですね。」

梨紗さん「中野の碁会所は碁を打っている人もそこまで多くもないしね。」

愛咲美さん「棋士で中野に住んでいる人は多いんですけどね。日本棋院も新宿も近くて、結構便利だし。あとご飯が美味しいお店や、お酒を飲める場所が結構多いところもポイントらしくて。」

梨紗さん「やっぱり“ちょうどいいまち”だね(笑)」

–他にはどんな場所に行かれるんですか

愛咲美さん「中野四季の森公園や平和の森公園、あと哲学堂公園には運動をしに行ったりします。」

梨紗さん「哲学堂公園は私も昔家族とテニスをするために行ったりしていました。あとは東中野駅のアトレとか。あそこのパン屋さんが美味しいんです。」

–そんな中野も今、駅前を中心に再開発が進んでいますね

愛咲美さん「その話はよく聞きますが、実はちょっと寂しいんです、見慣れたまちが変わっていくのが。確かに駅前には商業施設が入るという噂を聞くと『どんなまちに生まれ変わるんだろう』ってちょっと楽しみな部分はあるんですけど…。」

梨紗さん「私も表参道とか青山のような所より、今の中野の方がいいなあ。ああいうまちは賑やか過ぎそうだし(笑)」

愛咲美さん「今のこのまちが好きなので、いつまでも“中野”らしくいてほしいですね。」

  

【中野区のお気に入りスポット】
平和の森公園と薬師あいロード 

平和の森公園 草地広場

愛咲美さん「私は平和の森公園が好きですね。自然豊かで気持ちよくて、散歩すると頭のリフレッシュができるんです。また対局前には、公園を走って体を動かすことで頭をスッキリさせたりしています。天気が良ければ富士山も見えますし。」

薬師あいロード商店街

梨紗さん「私は薬師あいロード商店街が好きで、中でもパパブブレというお店がお気に入りです。昔通っていたバレエ教室の帰りに、よくここでキャンディーを買ってもらっていました。このご褒美があるからバレエ教室はがんばれていたかも…(笑)」

 

★今回の中野人

上野愛咲美(うえの・あさみ)女流最強位
2001年中野区生まれ
祖父の影響で4歳で囲碁を始め、5歳のときに後の師匠となる藤澤一就八段主宰の囲碁教室に通い始める
7歳で日本棋院東京本院の院生となり、2016年4月に入段
2018年史上最年少の若さで自身初タイトルとなる女流棋聖を獲得
2019年女流本因坊位獲得、同年日本棋院の女流棋士の年間最多勝記録を更新
2020年第5回扇興杯女流最強戦優勝

上野梨紗(うえの・りさ)初段
2006年中野区生まれ
上野愛咲女流最強位の実妹、姉の影響を受け同じく4歳で囲碁を始める
2019年4月に日本棋院東京本院入段
12歳9か月での入段は、女流棋士の年少記録でも3番目の若さ

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