【中野人インタビュー】鷺宮福蔵院住職 星野英紀氏

西武新宿線「鷺ノ宮駅」から徒歩2分、妙正寺川のほとりにある白鷺山 福蔵院。大永元年(1521年)に僧の頼珍(らいちん)が創建したと伝えられているこの福蔵院は、都内にある弘法大師(空海)ゆかりの寺院である“御府内八十八ヶ所霊場”の14番札所となっているお寺です。

境内には、死後の忌日(不動明王=初七日、虚空像菩薩=三十三回忌など)をつかさどっている“福蔵院の十三仏”と呼ばれる石の仏菩薩が13体並んでいたり、推定樹齢350年とされる花梨の木や、秋には素晴らしい紅葉を見せるモミジの木など、季節の風景を楽しめるスポットとしても人気があります。

今回はそんな福蔵院の住職でもあり、博士号を持つ宗教学者でもある星野英紀さんにお話を伺います。

★福蔵院について詳しくはコチラ

 

500年鷺宮地区とともにあった福蔵院

–生まれは中野とお聞きしています

「父は新潟から出てきてこの福蔵院に入ったのですが、私は生まれも育ちもここ中野区鷺宮。今年でもう77年になります。77年前に比べると鷺宮もだいぶ様変わりしました。昔の鷺宮は、妙正寺川沿いはほとんど田んぼや畑だったんです。西武新宿線ができてから、都内に勤めるサラリーマンの家庭もだんだん増えていきましたが、40年ぐらい前まではまだまだ農家の方が多いといった場所でした。このあたりは“練馬大根”の産地でもありましたしね。ただ確かに様相は大きく変化しましたが、駅前もそれほどガチャガチャしていない、静かな住宅街でどこかほっとするといった町の雰囲気というものは、昔から大きく変わっていないのかもしれません。JR中野駅前に比べると穏やかで町全体が落ち着いている、個人的にはそれがとても素晴らしく好きなところでもあります。そんなおだやかな鷺宮のこの場所で、福蔵院は続いてきました」

–福蔵院の歴史を少しお聞きしてもいいですか

「正確にいえば山号は白鷺山(しらさぎさん)、院号が福蔵院。寺号は正幡(しょうばん)寺といい、真言宗豊山(ぶさん)派に属する宗派で、総本山は奈良県の長谷寺となります。弘法大師空海の流れを汲む寺ですね。寺を開いたのは頼珍(らいちん)という僧で、昔の過去帳(お墓の台帳のようなもの)によれば大永元年(1521年)に創建とされています。旧野方村鷺宮地区(現在の若宮、白鷺、鷺宮、上鷺宮)の方々のための寺として、この場所で仏を守ってきました」

「江戸時代に開かれた“ご府内八十八カ所遍路”の第14番目の札所(仏教の霊場の称。 巡礼者が参詣のしるしとして札を受けたり納めたりするところ)となっています。同じく江戸時代に大きな火災で本堂などが焼け落ちてしまいましたが、現在の本堂等は昭和34年(1959年)に落慶(再建)されました」

 

博士号をもつ宗教学者としての顔

–星野さんはそんな福蔵院の住職と同時に、大学の学長も務められたとのことですが

「はい。私は大学に長く在籍していまして。大正大学卒業後、文学部の専任講師から助教授、そして文学博士を取得してからは教授を経て、同学長を務めさせていただいておりました。また昨年までは真言宗豊山派の宗総長もやっておりましたので、寺で修行やおつとめ一筋の方々に比べると、学問の側に立つ時間が長かった方だと思っています」

–それは珍しいことなのでしょうか?

「大きな寺ではそうでもありません。昔から「教学」つまり教えを学ぶ僧、「儀式」を専門に執り行う僧、信者に対して対応する僧と役割が分かれていますので。ただそれほど大きくない一般的な寺ではそれらを全て住職がやっていかねばならないので、そういう意味では私の比率は普通に比べると学問寄りであったとは言えます」

–どのような学問をされてきたのでしょうか

「四国遍路の研究などをしてきました。平安時代からはじまったとされる四国遍路について、時代による変遷やその特徴的な文化といったことです。共著も含めてですが、いくつか本も執筆させていただいております」

星野英紀・浅川泰宏 著「四国遍路」/吉川弘文館

 「もともとやはり“学びたい”といった思いが昔から強かったんです。若いうちはそれこそ様々なことをひたすら研究してきましたが、歳をとってくると今度は同じ学問の分野でも、“人に教えていきたい”といった思いが強くなってきました。今は教育者として幅をもっと広げたいといった思いから、学びを続けております」

 

中野は独特なまち

–鷺宮も含めた中野のまち全体の印象についてお聞きしてもいいでしょうか

「私も普段は鷺宮からあまり出ないので、中野全体を知っているわけではないのですが、杉並や練馬といった周辺の区に比べると独特な雰囲気があると思っています。ユニークですよね。それこそ区外からも人がたくさん来る「中野ブロードウェイ」や「中野サンプラザ」といった象徴的な商業施設があったり、いくつも商店街があったり、少し路地裏に行くと庶民的な飲み屋街があったり。「中野サンモール商店街」はどこか浅草の仲見世通りのような雰囲気も感じますね。グルメもある、サブカルもある。歴史的文化遺産や広い都市公園もあり、鷺宮のようなのどかな場所もある。そう聞くとなんかゴチャゴチャしたまちに思えるけど、それが不思議と“中野らしさ”としてまとまっている」

「今のまちって同じような店が並んで、どこか似たような雰囲気をもつところが多くなっているのに対し、中野は実に個性的です。でもだからこそ“中野”を求めて、人が来てくれている。私はそんな中野らしさに思い入れもあれば、愛着もあります。いま都市開発の話が進んでいますが、もし他の都心のまちと似たような雰囲気になってしまったら、それは少し残念ですね。ぜひ“中野らしさ”はこれからも残していって欲しいと思います」 

 

 

【中野区のお気に入りスポット】
中野ブロードウェイ

中野ブロードウェイは好きな場所のひとつです。元々人を観察するのが好きというのもあるのですが、あのわいわいガヤガヤとした賑やかな場所に行くと、人々が楽しく幸せに生きていることを実感できるんです。」

 

★今回の中野人
星野 英紀(ほしの・えいき)

1943年 鷺宮生まれ
1965年 大正大学文学部卒、73年同大学院博士課程修了後、シカゴ大学大学院で宗教学を学ぶ
2000年 文学博士となり、大正大学学長に就任。現在は名誉教授
前日本宗教学会会長、2007年国際宗教研究所理事長、中野区無形文化財 鷺宮囃子保存会会長
2019年 瑞宝中綬章受章

※問い合わせ先の記載がない記事については、まるっと中野編集部までお問い合わせ下さい。
掲載場所近隣の区民の皆様に直接お問い合わせすることはご遠慮いただきますよう、お願い申し上げます。

※掲載情報は全て記事取材当時のものです。