【中野人インタビュー】中野北口十字路商店会会長 尾道 征臣氏

 

商店街は、商業振興の場としてだけでなく、「にぎわい」や「交流」の場としてまちの中心的な役割を担っています。そんな地域発展のために集う商店主たちの団体、商店会をインタビュー。今回は中野北口十字路商店会にお邪魔しました。

その歴史は、1950年の戦後の経済復興の中、「新昭会」が結成されたことが始まりです。1964年の東京オリンピックの年に中野通りが新井交差点から北に伸長し、哲学堂まで開通したときに、現在の「中野北口十字路商店会」に名称変更し、今に至っています。
その当時から、中野通りは春になると桜並木がとても美しい通りだったそうです。

今回はそんな中野北口十字路商店会の会長である尾道征臣さんにお話を伺います。

 中野北口十字路商店会に携わり50年以上

–尾道さんは中野に住んでどれくらいになるのでしょうか

「私は北海道の室蘭市生まれで、そのあと北海道の伊達市に引っ越し、18歳まで住んでいました。そして昭和38年(1963年)の秋に東京中野へ上京し、当時は日本経済が急激に成長する中、そしてオリンピック直前ということもあり、東京圏のまちはどこもにぎやかだったのを覚えています。」

 –50年前の中野はどうでしたか

「当時の中野はまちが発展している最中で、中野通りはまだ砂利道でした。でも1966年には営団地下鉄東西線が開業して、中野駅は名実ともにターミナル駅となり、同年には中野ブロードウェイが開業。東洋一のショッピングセンターとして約400店が軒を連ね、まち全体に活気があふれていましたね。中野北口十字路商店会ができたのもその時です。私は当時たばこ屋を経営しており、まちの成長に微力ながら貢献させていただきました。その後1980年に、中野ブロードウェイにまんだらけが開業したのをきっかけに、同様のお店が集まってサブカルチャー文化の発信拠点となり、ますます活気のある街へと変わっていきました。」 

中野北口十字路商店会として取り組んでいきたいこと

— 中野北口十字路商店会は中野のまちとどのようにかかわってきたのでしょうか

「さきほど、『中野は活気がある』と言いましたが、それは中野ブロードウェイや駅前を中心にしたエリアや、中野坂上駅周辺の開発エリアが中心で、商店街は店舗数が徐々に減っています。昔から続いてきたお店もなくなり、寂しい思いを感じることが増えてきました。今、JR中野駅周辺の再開発の話が進んでいますが、それによるまち全体のさらなる活性化を期待しています。ただ、その活気を維持するためには、まちの“顔”である商店街が元気で、賑わっていなければなりません。商店街は、地域に密着し、そのまちの本当の姿を表す場所です。だからこそ、再開発計画に期待するだけでなく、まちを盛り上げるために商店会としてできることを、皆さんと一緒に取り組んでいきたいと考えています。」

— さくらフォトコンテストをはじめたのもそう言った理由からでしょうか

「春といえば桜の季節。中野には区外からも多くの人が訪れる有名な場所から、地元の人しか知らない穴場までいくつもの桜スポットがあります。ここ中野通りは「東京桜100選」にも選ばれている中野を代表する桜スポットです。中野駅北口付近から北へ約2kmに渡ってソメイヨシノが満開となり、華やかな桜のトンネルを見ることができます。夜は提灯でライトアップされ、幻想的な風景も楽しめます。」

「そんな中野通りをもっと広く周知するのと同時に、そこに関わっている中野のまちや商店街をもっと知ってもらいたい、そんな思いからファルコンヒルズの寺崎さんの発案をもとに、「中野通り」に咲く桜を対象にした「中野通りさくらフォトコンテスト」を2018年に立ち上げました。4年前に中野に移転してきたケンコー・トキナーさんにも協賛いただき、これまでさまざまなフォトコンテストに参加された経験から知見やノウハウでも助けていただきました。そのフォトコンテストも、今年で第4回目の開催となります。」

「中野の桜とそれにかかわるまちの情報・魅力発信が目的ですが、他にも中野にはフジヤカメラさんやコイデカメラさんなどのカメラショップがいくつもあるので“カメラのまち”といったイメージも発信していきたいと思っています。中野四季の森公園哲学堂公園をはじめとする撮影スポットもたくさんあります。このようなイベントを通じて、中野区全体の魅力を広く伝えていくことにも、商店会として取り組んでいきたいですね。」

※第4回さくらフォトコンテストの受賞作品は公式サイトで発表しています。ケンコー・トキナー店内ギャラリーでも展示する予定です。

「今後取り組んでいきたいことですが、商店街として“ものを売る”だけでなく、何かを生み出す存在になりたいと考えています。中野通りは車の交通量は多いですが、人通りは実はそんなに多くない。そんな場所にもっと人を招き入れるためには、我々が個性ある存在になる必要があります。そのためには具体的に何をすればいいか、まちの動きに負けないよう、我々も考えていきたいと思っています。」

第二のふるさと中野

「中野に住んで60年近くになりますが、今でも本当にいいまちだと思います。中野ブロードウェイはお店が多く、地下の勝田商店ナカムラ水産にはお魚をよく買いに行っています。JR中野駅前のふれあいロードを中心にした繁華街には、飲食店が数多く集まっていて美味しいグルメを楽しむことができます。また、親しみやすい雰囲気も気に入っています。週に一回、居酒屋に行くのも楽しみの一つです。賑やかな場所もあれば、閑静な住宅街もあり、交通のアクセスが良く非常に住みやすい。自分のライフスタイルに合っていると思います。いまでは第二のふるさとと思っています。」

 

【中野区のお気に入りスポット】
哲学堂公園

「春は梅や桜が咲き、秋は紅葉スポットになっています。花や木々などの四季折々の自然風景を楽しめるだけでなく、哲学の思想も学ぶことができる。天気の良い日にはのんびり哲学堂公園の散策を楽しんでいます。」

★今回の中野人
尾道 征臣(おのみち・まさおみ)

1944年 北海道室蘭市生まれ
1963年 中野区へ上京 今年で二回目の会長に就任

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