【中野人インタビュー】なかのZERO館長 阿部 拓治郎氏

中野区の生涯学習・文化芸術活動の拠点となる複合文化施設として、1993年に建てられた「もみじ山文化センター」、通称「なかのZERO」。客席数1292席の大ホールの他に、507席の小ホール、美術ギャラリー、科学実験室やカフェ、中央図書館などを備えています。

中野区民だけでなく区外からも多くの利用者が訪れ、中野の生涯学習・文化芸術活動に大きく貢献している「なかのZERO」。今回は「なかのZERO」館長の阿部 拓治郎さんにお話を伺います。

宮城県の文化施設長を経て中野へ

–阿部さんの出身はどちらでしょうか

「私は宮城県石巻市出身です。学生の頃は東京で過ごし、卒業して広告会社に入社後は名古屋→仙台→東京と赴任しました。2011年の東日本大震災を契機に、国の東北復興事業のため再び仙台へ異動。復興事業の担当終了後の2013年から宮城県内の文化施設の施設長として6年勤務したあと、2019年からここ「なかのZERO」の館長に着任し、丸2年が経ちました」

–「なかのZERO」はどんな施設なんでしょうか

「生涯学習・文化芸術活動を目的とした文化施設であり、本館は大ホールを中心として公演系、西館は学習室を中心に科学実験室や美術工芸室などが地域のサークル活動等に利用されています。都内で一番歴史のあるプラネタリウムもあり、中野の星空を専属員の生解説付きで楽しむことができるのが特徴で、ファンも大勢います。このように子供から大人までみんなが楽しめる、幅広いテーマで成り立った施設となっています。私が所属している会社が運営管理を承って15年が経ちますが、その間に約1500万人の方が利用されており、地域に根ざした文化施設として、多くの人に愛されていると感じています。」

客席数1292席の大ホール

過去の経験を活かしつつも、中野にあった取り組みを

–中野のまちの印象をお聞きしてもいいでしょうか

「新宿のすぐ隣ということもあって“都会”、また中野ブロードウェイを中心とした“サブカルのまち”といったイメージは強く感じています。個人的に、サンモール商店街をはじめとして中野駅周辺のお店が非常に多く立ち並ぶ、ディープで良い意味で庶民的な雰囲気、これがすごく好きなんです。私の歓迎会を開いてもらった時も、北口エリアの中華料理店でしたし、新しい仲間を迎える時もそこへ行くのが定番となっていますね。今は新型コロナウイルス感染症の影響で大人数での会食は自粛していますが、可能な範囲で「なかのZERO」目の前の千光前通り商店街や中野駅周辺でランチをとるようにしています。
これから中野は駅周辺の再開発も進み、この数年で劇的な変化が訪れることになりますが、どのようなまちになるのかとても興味があり楽しみにもしています」

–以前にも他の文化センター運営に関わっておられますが、中野ではまた違った取り組みになりそうでしょうか

「以前私が勤務していた施設では大震災直後ということもあり、地域の賑わいの創出を中心に、市民の方が音楽や文化活動を通じて日常を早く取り戻し、心豊かになる館運営を心掛け、地元テレビ局などと連携し著名なアーティストの公演等を積極的に仕掛けてきました。
ここ中野は、館が置かれている環境も大きく異なることから、そういった事業だけではなく、区民の方の活動の場として、より気軽に身近な広場的にご利用いただけるよう、地域に密着した館運営を目指しています。」

中野のまちの“文化活動サイクル”を創っていきたい

–具体的には、「なかのZERO」は中野のまちとどのように関わっていきたいと思いますか

「今後も区民のみなさんの生涯学習・文化芸術活動の拠点として、地域密着型、使いやすく充実したサービスをお届けしていきたいと思っています。また、施設に来ていただくだけでなく、こちらから出向いていく活動(=アウトリーチ)も増やしていきたいですね。例えばランチタイムに駅や学校、幼稚園などでのアンサンブルといった芸術活動を今後充実させていき、区民のみなさんがまちのどこでも文化・芸術に触れることができるようになることを目指していきたいです。
最終的には、我々が“文化活動のサイクル”と呼んでいる流れを「なかのZERO」で創り出していければ、と思っています。例えば、区民の方がある文化講座に“参加”することがきっかけとなって、その講座内容に関心がわきます。講座に何度も参加することで関心が定着し、それが更に深まっていくとやがて“発表”する場へとつながっていきます。そしてその“発表”の場が、新しい人がその文化へ関心を持つきっかけとなり、次のサイクルへとつながっていく…。このように単発で終わるのではなく、人も活動も循環する仕組みを作っていきたい。そしてその仕組みを生み出すことに、「なかのZERO」としてどんどん関わっていきたいと思います」

「現在の施設利用者は、5年以上継続的に利用していただいている方が6割と過半数を超えており、これは大変ありがたいことです。世代別でいうと60歳以上の方が約半分となっており、若い利用者の方を増やす活動も必要だと感じています。未就学児童から小学生向け、また青少年向けの企画をどんどん展開していきたいですね。新型コロナウイルス感染症という、誰も経験したことのない変化を迎えた世の中で、どれが正解か分からないことも多いですが…手探りで進めていこうと思います。需要が増えている、文化講座や科学実験のオンライン配信にもチャレンジしていきたいと思います!」

–最後に利用者の皆さんへ一言お願いします

「例年は年間約120万人の方にご利用していただいていましたが、2020年度は約21万人と、新型コロナウイルスの影響を大きく受けた1年でした。現在もみなさんには様々なご利用上のお願いをさせていただいており、しばらくはこのような状況が続くとは思いますが、安心して生涯学習・文化芸術活動を楽しんでいただけるよう、施設として万全な対策を講じていきたいと思っています。」

 

【中野区のお気に入りスポット】
JR中央線中野駅 南側路地

写真 後日際撮影


「中野駅から「なかのZERO」に来る途中の通りが、私のお気に入りです。毎日通っている場所ですが、いろいろなお店があり、歩いていて楽しい場所です。
実はこの通りに、春先まで宮城県漁師酒場「魚谷屋」というお店がありました。私が宮城県出身ということもあり、中野に来た時からずっと気になっていたお店でした。ある日お店を訪れて大将に話を聞いてみると、大将は神戸出身で阪神淡路大震災の時にボランティアなど周りの人たちに助けてもらった恩返しのために、東日本大震災時には宮城県石巻市を訪れてボランティアに参加したそうです。その時に地元の漁師さんと知り合いになり、東京の人たちに宮城の食の魅力をもっと知って欲しいといった思いから、ここ中野にお店を開いたのだそうです。残念ながら新型コロナウイルス感染症の影響で、お店は閉店してしまいましたが、大将が最後に「なかのZERO」を訪れてくれた時に、近いうちに中野にまた戻ってくると言っていました。その時は、またぜひ行きたいと思っています。」

 

★今回の中野人
阿部 拓治郎(あべ・たくじろう)

1962年 宮城県石巻市生まれ
1985年 大学卒業後、広告代理店入社
1990年 株式会社日本交通事業社入社(現株式会社JTBコミュニケーションデザイン)。行政、企業等の広告プロモーション業務に携わる。
2012年 指定管理者として、宮城県多賀城市文化センター施設長に就任
2019年 指定管理者として、なかのZERO館長に就任

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