人形作家・清水真理さんインタビュー「中野大好きナカノさん」誕生秘話!


2019年2月1日からスタートした、中野区シティプロモーションキャラクター「中野大好きナカノさん」プロジェクト。球体関節人形「ナカノさん」と「ちびナカノさん」を制作・監修した人形作家・清水真理さんに、完成に至るまでの経緯や裏話、苦労した点などをお伺いしました。

–「中野大好きナカノさん」の制作コンセプトはなんでしょうか
「私は普段粘土で人形を作るんですけど、ナカノさんはキャストドール(球体関節人形)で制作しました。キャストドールの方が、もう少しリアルな、人間に近い質感なんです。他の自治体さんのイメージキャラクターって割と二次元が多いんですが、そこは中野らしさを出したいってことで「人形」のご提案をいただきました。あまり漫画やアニメっぽくなり過ぎると秋葉原のイメージが強くなるので、架空でありながら現代的で、かつ身近に感じられるものを作ろうと、衣装や髪型、ほくろの位置などにこだわっています。中性的なイメージで、中野のまちに身近な存在となるよう落とし込んで具現化していきました。あと人形って、男性には馴染みがない存在なので、男性にも親しんでもらえるようなキャラクターにしています。私もこういったお仕事が初めてだったので、いろんなご意見を吸収し、勉強させていただきました」

–ご意見や質問にはどんなものがありましたか?
「制作スタートが2018年の夏くらいだったと思うんですけど、顔についてアンケートを取り、ダミーの顔を13種類作りました。そのイメージプリントを何箇所かに置いてデータを収集しました。その中で、私にとっては一番好感度があって清楚で可愛いなって思っていた顔があったんですけど、可愛らしさを売りにすると、抵抗がある方もいらっしゃいました。可愛いのが苦手っていうんですかね。そういう意見に接したのは初めてだったので、すごく面白かったです。ただ、人形は「怖い」って言われがちなんですけど、そういう声は聞かなかったので良かったなとは思います」

右目の下、口の左上、あごの下にある「ほくろ」

–ダミーフェイスは、他にどんなタイプがあったんですか?
「すごく個性的な顔もあったし、女の子らしい顔つきもありました。涙袋の大きさや口元とか、ほくろの位置ひとつとってもすごくキャラクターが出るんです。位置とか数も個性というかリアリティというか。私は今までほくろを付けて制作したことはなかったんですけど、顔がある程度形になった段階で、もうちょっとアクセントが、感情的なところが欲しいということで。市販のお人形ってほくろがないんですよね。だから「ほくろ」みたいな個性があると、本当にこの世にひとつのものになるというか。ほくろの位置でもディスカッションがありました。」

「中野サンプラザ」の階段でポーズを決める「ナカノさん」

–衣装や小物、髪型など、細かいところはどうやって決めたんですか?
「衣装デザインは他の方が決めたんですけど、制作は私がやりました。脇のところに赤いスリットが入っています。言われないと多分気づかないんですけど、白くアルファベットの「N」がラインで入っていて、赤い地が見えるようになっています。「N」は中野、赤地は「中野サンプラザ」の絨毯の色なんです。聞かないとわからないようなところにまで、こだわりを盛り込んでいます(笑)。あと、あの靴は苦労しましたね。靴ってデザインやタイプで仕事や年齢、性別などが限定されてしまうんです。中性的で性別を限定しない、自由で、夢を盛り込めそうな要素もということで、苦労したのを覚えています」

平面から立体に起こされた顔の試作パーツとボディパーツ

–実制作に入るまでには、どういったプロセスがあったんですか?
「顔は平面で多数決のアンケートを取った後、ある程度まとまってきたら次は立体になり、ちょっとずつ違う顔を6種類作りました。口が少し開いているとか、つり目とか、ほくろの位置を変えるとか。目の色も変えたりしましたね。黒っぽい目、ブルーの目、茶色の目もありました。その目を実際に入れてみて「こうじゃないああじゃない。こうなるとちょっと違う。皆さんが望んでるのはもうちょっとこうじゃないか?」とか(笑)。そうやって少しずつ具体化して決まったものを成型して、そこから実制作に入りました」

–当初のイメージからは違うものになったんですか?
「そうですね。初めにお話をいただいた時「キャストドールで作りたいんですけど、作れますか?」と言われて。キャストドールは1回作ったことがあったのですが、世の中で売られているキャストドールって、現実離れした、すごいスラッとした美形なんですよ。スタイルもいいし肌も白いし、メイクも綺麗だし。私が初めに「こんなの作れますか?」って見せていただいたのが韓国のカスタムドールで、すごい清楚で綺麗な顔立ちで、「親しみやすい」というよりは「手が届かない存在」のイメージ。なので最初は「非現実的な美しい存在を作るのかな?」と思っていました。ですが、中野はどちらかというとスニーカーで歩けるまち。サッとお店に入れるような「親しみやすさ」が良さです。それが中野らしさだなっていうのを、まちを撮影していて良く分かりました。かつ、お友達になれたり家族になれるような、隣のおばちゃんとか学校の同級生とか…最終的にそういう存在になることを念頭に置いて作りました。「手の届かない」から「親しみやすい」に方向性が変わったんです。私自身学生時代に「タコシェ」(中野ブロードウェイ3階にあるサブカル系書店)さんとか、古着店やホビーショップをまわっていたので、そういうところに一緒に行ってくれそうな、一緒に中野のまちを歩いてくれそうな存在にしたいなと思いました」

銀色の腕輪は近未来感を現している

あともう一つ。これは作りながら感じたことなんですけど、「人形」は作るのに時間がかかります。お話をいただいてから発表まで約半年。となると、ファッションも流行も世の中も変わるだろうなっていうのがあって。今良いと思われているものじゃなくて、「2年後3年後にどういうデザイン・可愛さが良いと思われているのだろう」っていうのを想定しているんです。ナカノさんって右腕に銀色の腕輪をしているんですけど、あれは近未来感を現しているんです。それと、服の生地をデニムにすることで、「学生なの?仕事着?」と、動きやすさや活発さなどの幅を見る人に与え、キャラクターや性格にも深みを持たせることができたと思います。

–ここから清水さんご自身についてお伺いします。そもそも人形はいつ頃から作られてるんですか?
「人形自体は小学生くらいから作ってましたね。粘土を使って。図工コンクールとかにも人形を出したりしていました。ただ、球体関節人形っていう言葉が当時はまだなかったんで、関節が動くようなものは多分高校生ぐらいから?熱心に作り始めたのは18・19歳ぐらいですね。大学は美大の映像学科でした。他の生徒は人間を撮影して映像を作っていましたが、私は途中から人間を撮ることに興味がなくなってしまって(笑)。学校で作る映像作品は自作の人形を使っていました。人形アニメ、パペットアニメっていうやつですね。球体関節人形もまだそんなに知られていなくて、好きな人だけが知っているような存在。しかもすごく高価で、貴重品として販売されている感じでしたね」

–「人間」から「人形」に被写体が変わった理由はなんですか?
「映像学科では、最初「人間」を被写体にして、それぞれが俳優や監督になって映像制作の授業をやるんです。そんな中で、泣くシーンを撮りたい時にうまく撮れないと、何度も泣いてもらわないといけないんです。ビンタを打つシーンにしても、気に入らなければ何十発もお願いするとか。そういう同じことを繰り返しやってもらうのが私には耐えられなくて。演じる人にも心がありますから。授業ではハードな内容のものもあって。私の作品じゃないんですけど「オフィーリア」(シェイクスピアの戯曲『ハムレット』の登場人物)を撮りたいから役者に川を流れてもらうシーンがあったんです。その時は女装した男性に何回も流れてもらったんですけど、最後の方はカンカンに怒るわけです。いくら作品のためとは言え、何回も流されたら怒りますよね。そういうのが私には辛くて。思い通りの作品を撮るために人を使うのが、私には向いてないんです。作りたい画は「人形」から自分で作ればいいって。名監督は鬼監督って話も聞きますけど…私は向いてなかったですね」

–ここまで清水さんを惹きつける人形の魅力は何ですか?
「私の学生時代は、今みたいにデジタルでファンタジーな映像を作るっていう仕組みが出来ていない時期だったんです。在学中はまだフィルム全盛期だったんですが、ちょうどフィルムからデジタルに移行し始めた時期。学校にパソコンが置かれ始めた時代ですね。「人間」を使って映画を撮る場合、多くはドラマを作ることになるんですけど、「人形」を使う場合は、登場人物を必ずしも「人間」に限定しなくてもストーリーが作れる。妖精だったり、ファンタジーな要素も入れやすいんです。動物が話をするとか、花の中に顔があるとか、猫が二本足で歩くとか。そういう世界を創りたいって気持ちから、人形を使った作品作りを始めました。あと人間の場合、自分が必要とする背景が欲しい場合はまちにロケに行かなきゃいけないんですが、その点人形だと、城だったり森だったりの背景を自分で作ることができるし、現実ではないファンタジーの世界や物語が作りやすくなります。それで人形作品を作ったり、人形自体を作ることがますます楽しいなって思うようになりました。人に迷惑をかけないで、自分一人で望む世界観を作れるし、広げられるところが性に合っていました」

–球体関節人形はどういう存在でしたか?
「今でこそコスプレする人は多くなって、髪を金色や青色にしたりと自由度が高くなりましたけど、自分もヒラヒラのお洋服を着たり、長い金髪になりたいなとか、最初はそういう夢を投影する存在でした。あと高くて買えないから自分で作るかなみたいな、自分の中での存在のスタートは、本当にそういうところからでしたね」

サンモール商店街でお買い物中の人々を見守る「ナカノさん」

–人形がお仕事になると思ったのはいつ頃ですか?
「私は人形作家になる前はアニメの制作会社にいました。主に教育アニメを作る会社だったんですが、ちょうどアニメ業界の過渡期で、仕事がどんどんデジタルに変わっていく時期でした。今まで徹夜していた仕事が一晩でできたり、海外に発注して数日経てば仕上がってくるようになっていきました。その空いた時間を利用して、「どうやれば人形が仕事になるだろう」と色々試していました。その会社を辞めたあと、上野公園で操り人形をしたり、新宿のゴールデン街で友達が店番しているところに人形を飾らせてもらったり。話があればあらゆるところで展示もしたし、舞踏をやる人に等身大の人形を担いでもらって踊ったりとか、いろんなことをやりましたね。そんな試行錯誤している中、あるバンドグループから、私の人形をCDジャケットに使いたいという連絡が入り、それでご挨拶がしたいと言われて。最近だと中野サンプラザでもライブをしている「MUCC(ムック)」ってバンドなんですけど、当時はファンが150人ぐらい?でまだ小さなライブハウスで頑張っていた頃でした。それでご挨拶をした時、それまで私が直接知り合うことはなかった20歳前後の若い人たちが何十人もライブを見に来ていて。そこで人形教室のチラシを配って、それで人形教室を立ち上げて、ライブハウスでまたチラシを配るようになって…。それが28歳くらいですね」

–「ナカノさん」の話題に戻って…制作者から見た「ナカノさん」の魅力はなんでしょう?
「ナカノさんの親しみやすさや中性的なイメージなど、壁を乗り越えた“特別な存在”として皆さまから幅広く支持されていることだと思っています。「人形」は、昔はデパートのガラスケースに飾られている高価なものというイメージでしたが、「ナカノさん」にそのお高いイメージはなく、「みんなで一緒にまちで撮影してみよう」や「こんなシーンで撮るとすごく楽しそう」といった、一緒に楽しめる存在として身近に感じてもらえるようになりました。感情移入できるし。それによって、今まで気づかなかった目線で新しい自分も発見もできるのが、「ナカノさん」の大きな魅力だと思います。周りからの見え方も「お人形なんか持ってなにやってるの?」という好奇の目から、「お人形持ってなんかやってる!」という興味の目に変わってきました。そこが昔との大きな違いで、人形自体の捉え方が変わってきたんです。男性の人形ファンも増えてきて、少し前なら男性がお人形?という目がありましたけど、今はその偏見も少なくなり、積極的に好きだと言える世の中になってきました」

–中野のまちの印象を教えてください
「私は地方から出て来た人間ですから、まず地方にない文化や情報に直接触れられるイメージです。まちを歩くこと自体が情報に触れるということで、ファッションでも食べ物でも生きた情報と出会えるまちというか。それでいて作品(商品)を発表できる可能性がもらえる場所ですね。演劇や音楽、アートなど、プロじゃなくても発表できる。そういうまちだと思います。銀座とか六本木は、発表するまでにある程度の商業的な成功と作品の完成度が必要です。プロとしての腕を磨く場所は、渋谷や新宿にもあるでしょう。でも、中野は初心者・ビギナーでも始めやすい。そしてその中から今後メジャーになるモノが、世の中を創るモノが育つのでは?そういうワクワクが中野にはあります。かくいう私もその恩恵を得た一人です(笑)。学生時代に150円のポストカードにお手製の目玉を入れて400円で売っていたことがあって。それが10枚売れて4000円。学生時代に自分の作品で4000円も稼げたことがすごく自信になったんです。21歳くらいの時に、自分で作ったモノがお金になるんだ。これでまた材料買えるって。すごく小っちゃいけど自信になったというか。今はプロになれましたけど、初めの自信は、中野でのその体験から頂きました(笑)」

–清水さんが中野でよく行くところはどこですか?

「中野ブロードウェイにはもちろんよく行きます。その中でもアンティークドールの専門店「アンティーク あじさい」は何度もお邪魔しています。ここは地元から東京に来るまで実物を見ることが出来なかった、アンティークドールの美術館級の名品を見る事が出来るお店です。お人形に心から憧れていた上京当時の気持ちが、お店に来ると蘇ります」

★お店について詳しくはコチラ

それと、4階にあるファッションブランド「pays des fées(ペイ・デ・フェ)」さん。ここは私が原宿でアニメーターの仕事をしていた頃、近くのアパレルショップで見習い中だった当時16歳の現「ペイ・デ・フェ」オーナー兼デザイナーの朝藤りむさんのお店です。知り合った当時は彼女も上京して来たばかりでしたが、2010年頃「中野ブロードウェイ」にアートギャラリー兼セレクトショップをオープンしました。お人形をモチーフにしたアクセサリーの委託販売や、お人形プリントのドレスでコラボしたりと、常に新しい事に挑戦し続け、2021年からは「Rakuten Fashion Week TOKYO」に参加しています。私の作品も、こちらのお店で展示させてもらったりしています」

★お店の公式サイトはコチラ

–本日はありがとうございました!

 

【人形作家・清水真理さんプロフィール】
「ナカノさん」と「ちびナカノさん」の制作と監修を担当。幼少のころからヨーロッパのアンティークドールに興味を示し、高校生のときにアンドレイ・タルコフスキーの作品を見て映像制作の道に進むことを決意。多摩美術大学在学中より人形アニメーションのための人形制作を独学で行い、現在は人形作家として活動中。清水さんの作品は、中野ブロードウェイの「pays des fees」にて常時展示・販売中。

★清水真理さんの公式サイトはコチラ
★清水真理さんの公式Twitterはコチラ
★清水真理さんの公式Facebookはコチラ

 

【ナカノさんプロフィール】
中野は、あらゆる個性を受け入れるまち。
自分の好きなものを持ち、好きで繋がり、生きている。
ナカノさんは、そんな中野に憧れて、中野にやってきた人形です。
自分が好きだと思うこと以外は、気にしないのがナカノさん。
男なの?女なの? 「気にしたことなかった」。
友だちの数は? 「気にしたことなかった」。
身長は44cm。

★「中野大好きナカノさん」の公式Twitterはコチラ
★「中野大好きナカノさん」の公式Instagramはコチラ
★「中野大好きナカノさん」の公式Facebookはコチラ

※問い合わせ先の記載がない記事については、まるっと中野編集部までお問い合わせ下さい。
掲載場所近隣の区民の皆様に直接お問い合わせすることはご遠慮いただきますよう、お願い申し上げます。

※掲載情報は全て記事取材当時のものです。